【堀田信弘の今日の語録】 『この会社は、きっと伸びるだろうな。他の会社と違うことができること自体に可能性を秘めているから。』


リーダーについて  「活・喝・勝」


王道と邪道と葛藤

一通のメール。『堀田とは常に王道でありたいと願い、そして近づけると信じながら。しかし、その途中では奇策を弄さなければいけない現実との葛藤の中で走り続けてきました。私は堀田を信じその夢に可能性と自身の道を見つけたと思っています。』とメールの冒頭に書かれていた。

これは、私が最も信頼する佐々木弘が、ある人に出したメールである。彼が、私のことをもっと知ってほしいと送ったものだ。

私は、涙が溢れた。

私が、王道を進みたいことを最も知っている、いや唯一知っているのが佐々木だ。私は、邪道が嫌でたまらない。それなのに、日々の実態は、邪道だらけ。それを少しでも王道に近づけようと必死。

邪道を歩いていると、一つづつ幸せが失っていくような感覚に陥る。そして、同時に悪いことが一つづつくっ付いてくる。手で振り払っても、振り払っても離れない。

険しい王道を目指すために、邪道という近道にそれてしまう弱い自分がいる。しかし、その近道に一歩足を踏み入れると、再び本線である王道に戻るのは至難の業である。

佐々木と私は、この葛藤に身をおいて、苦しんだ。二人とも王道を歩みたいにも関わらず、そう簡単には歩ませてもらえなかった。

二人はその苦しさにいた時、そんなことを横目に、王道を標ぼうし、揚々と邪道を指摘する丁稚に、もっと苦しめられた。馬鹿らしくてやってられないともがいたこともあった。邪道を歩まされていたと怒りに満ちたこともあった。

だが私たちは、邪道を歩んだお陰で、綺麗ごとだけを言う空論主義者の空虚さを十分すぎるほど知ることができた。

汚いことをやれ何てことを言うつもりはない。汚いことをするのなら、死んだ方がましだとの覚悟を持ってほしいということだ。それが持てないで、綺麗ごとだけ言っているような者は、王道などという高貴な言葉を使うなということである。

佐々木はかつて、「ずるい」と言われたことがあるそうだ。

私は、その言葉を聞いて許せない気持ちになった。「ずるい」というのは、こちらだけが得して、相手の自分は損しているという意味だろう。

損している? 我々が得している?

ふざけるな。

誰のために苦しんでいるんだ。

私は、母親、妻だけでなく、子供の貯金も、私の生命保険も解約し、全財産を会社につぎ込んだ。私は、全社員を守るためなら、死ぬ覚悟だってある。そして何よりも、私の信念である王道が歩めなくても、邪道でも何でもやる覚悟がある。私は、社員を守るためなら、どうなっても良い。代表権も返上し、株式も売却したら良い。

私を「ずるい」と思うなら、殴ったら良い。私に意見があるのならそれくらいの覚悟を持ってほしい。しかし、私は、そのような覚悟がない口先だけの人間は殴り倒すだろう。私には、その覚悟がある。

佐々木のメールは『何の能力もない私ですが、裏切らないことと途中であきらめないこと、最後までやり続けることはできます。それしかできません。堀田が悩んでいるいるとき、私には話しを聞くことしかできませんでした。』と続いていた。

私は、佐々木を裏切らない。

私はかつて、『信じるのが先か信じられるが先か』の中で、信じるのが先だと言い切った。私は、全社員を信じている。信じられなかったら、一緒に働いていないだろう。

例え私のことを信じてくれなくても、そんなことは関係ない。私が信じらればそれで良い。しかし、もし、私のことを信じてくれのであれば、私は、その人を裏切りことはできない。そして、誰よりも守らなければならないと考える。

私は、これまで全く王道が歩めなかった。そんな無残な姿を知りながら、しかも、少しでも私に王道を歩ませるために、進んで邪道の道を歩んでくれた人に、今度こそ恩返しをしなければならない。

私は、もう王道と邪道の葛藤などしたくない。

最後まで読んで頂き、感謝申し上げます。

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投稿者 :堀田信弘: 2009年3月 6日 05:37