私は今、仏教の国、ミャンマーにいる。三度目の訪問だ。窓の外には、キラキラと光輝く金ぴかのバコダ(仏塔)が見える。ここに来ると、軍政に虐げられているような姿を感じることができない。貧しさこそ感じるものの、人々の明るい笑顔が街中に溢れている。東京では感じることができない幸せ一杯の笑顔である。
日本のほうが遥かに窮屈ではないかとさえ思う。街のあちこにに立つ金色のバコダは、天国を演出しているかのように思う。もしここが天国であるならば、日本は地獄かとさえ考えてしまう。
人は、年代や置かれた立場によって悩みは変わるものである。ある人は、痴呆症の親の面倒で、疲れ果てているかも知れない。毎日が介護で、仕事などできる状態にない人もいることだろう。
ある人は、夫婦や子供の問題で、家庭の中がバラバラになり、自分は何のために存在するのか悩んでいる人もあろう。ある人は、人に騙され、財産を巻き上げられてしまった人もいるだろう。あるいは、上司との人間関係が悪く、会社に行くのが憂鬱だという人もいるだろう。
悩みは、それぞれだ。どの悩みが深く、大きいなどと、他人と比較できるものではない。
中学生にも悩みはある。
私の娘は、友達との関係で悩むような世代である。時には、食事もせず、部屋に閉じこもって一日中泣いている時もある。私も、何十年も前に同じ道を通って来たはず。彼女にふられたくらいでも、人生終わりだ何て考えていたようなこともあったような気もする。テニスの試合で負けて、大泣きした時もあった。
しかし、振り返ると、なんて小さなことで悩んでいたんだと思える。それは、その後にもっと大きな悩みを経験し、それを一つ一つ過ぎ去ってきたことだからであろう。
他人から見れば些細なことでも、その時の年代、その時の環境、立場によって、誰しも悲しい時か苦しい時、辛い時はあるものである。このように考えると、人生とは、常に苦しさとの戦いなのかも知れない。
まさに、人生とは三風五雨である。10日のうち、晴れている日は2日しかない。それでも、私たちは、その2日のために、 8日間を耐えしのぎ生きている。
子の曰く、吾れ。十有五にして学に志す。三十にして立つ。四十にして惑わず。五十にして天命を知る。六十にして耳順がう。七十にして心の欲する所に従って、矩を踰えず。
私は今、惑わずから天命を知るところの中間にいる。天命を知るには、まだまだ青くさく、人ととしての経験は子供に毛が生えたような程度である。それでも、人生の中間地点に差し掛かってみると、丁度峠にいるが如く、今まで登ってきた若き道と、これから下って行く老いの道の両方が眺められるようになった。
過ぎてしまった三十代や二十代に憧れ、これから来る五十代に敬意を持つ。
先日、私のいとこが再び入院した。
もう10年近くも闘病している。足が壊死し、切断するらしい。
彼は、私の3歳年上だ。もし、私が彼の立場であったなら、私は、何を考え、何をしようと思うのだろうか。いつ訪れるか知れない死への恐怖、不安、残される小さな子供たちへの未練、何も成し遂げられなかった仕事への後悔。自分はこの世になぜ生まれ、なぜ死んでいくのかと、答えのない答えを求め、ベットの上で涙を流す。
今、私はこうしてパソコンの前で、文を書いている。日々様々な出来事に接し、日々葛藤し、悩み苦しんでいることも、小さなことに思える。生きている、こうして生かされていることだけで十分ではないかと思う。
四十にして惑わず。私が、会社を設立した時の年齢。
五十にして天命を知る。私の天命は何か、今探し始めている。
少しだけ見えつつあるのは、必死で生きようとしている人、死ぬ気で頑張ろうとする人、生きたい人、そのような人との関わりを持ちたい。そして、私もそのような生き方をしたい。
人生の峠に立ち、登ってきた道と、下り道の両方を眺め、今が一番幸せなところに立っているんだと感じることができる。
生きて、何でもやろうと思えば、何でもできる今、なぜやらない理由があるか。やりたくてもできない人もいる。生きたくても生きられない人もいる。
それからすれば、悩みなど小さなこと。人生は三風五雨、そもそも雨の日が多いと思えば、晴れの日に恵みを感じ感謝できるはず。
人生の峠に立ち、少しだけ、生きることの楽しさを知った。
バコダ(仏塔)が光輝いている。やはりここは天国ではなかろうか。こうして生きているだけで丸儲けだ。
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投稿者 :堀田信弘: 2009年3月14日 05:40