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経営者について  「活・喝・勝」


社長が社長である理由

わが社では、全員がメールを出す際に、必ずCCに管理者アドレスを付けるように徹底している。私は、全グループの管理者アドレスに登録されているため、社員が外部とやり取りする千通を超えるメールが毎日届く。

私は、できるだけ多くのメールに目を通し、必要に応じコメントを出す。仮に、朝から晩までできるだけ多くの返信をしようとしても、どんなに頑張っても1日に100通のメールを出すのが限界である。実際には、30通程度ほどしか対応できない。

先日、過去のメールを整理してみた。約1年分のメールを眺めると、一つの特徴が現れた。

グループには私も含め、6人の社長がいる。その社長のやり取りを見ると、私が出しているメールの数を超えている人は一人もいない。そればかりか全員が私の1/3以下だ。かつ、数人は、ほとんど対外的なメールを出していない、あるいは返信していない。

ある人は、ほとんどメールを出していない。勝手に予測すると、恐らく自分は社長だからという理由でCCをつけていないと思われる。社長なら、それも良かろう。上手く部下への指導ができているのなら。

しかし、残念ながら、その予測は半分当たって、半分外れている。それは、明らかにその部下がCCをつけているにも関わらず、それらのメールに返信をしている数が少ない。もし、それまでもCCを外して返信しているとしたら、それは例え社長でも許されることではない。そんな社長の元で、部下がCCを付けることが徹底できるとは思えないからである。

私は、徹底的に過去のメールを調べてみた。

その結果、対応が遅い、数が少ない、適格な指導がされていない、メールが見逃されている、などの問題点が把握できた。

社長が社長としてなっていない。これが結論だ。

メールを読んでも感じ取れていない、気づいていない。きめ細かい目線がない。雑である。あるいはその逆に細かすぎて何が言いたいのかさっぱり判らない。

社長が本気で、部下の活動を把握しようという気概が感じられない。つまり、それは社長が、指導者としての力を持ち合わせていないということである。それは社長が、お客さまという対外的な行為について顧客満足度を上げようという姿勢がないことである。

なぜ、CCに管理者アドレスを付けることを徹底させているのか。

それは、部下の活動に対して指導をするためだ。指導しない、できないのであればその意味がない。さらに、顧客に対し十分な対応ができれているかどうかを知り、サービスの質の向上を図るためである。それをしていない、できないのであれば、既存の顧客は逃げ、新規顧客の信頼を勝ち取ることができないであろう。

各社の社長は、単純に計算すると、私が受信する千通の約1/5の約200通/日である。多い会社と少ない会社を見ると、その差は3倍以上もある。つまり、最も少ない会社の社長は一日に50通もないのである。

それでも、私よりも早く、私よりも多くの返信ができない。なぜか。

社長としての責任の重さを痛感していないからではないか。

数週間前、お客さまよりお叱りのメールを頂いた。再三に渡り、手続きの不備、段取りの悪さについて指摘があった。

私は、その過程においても、何度かメールでアドバイスした。しかし、中々相手の苛立ちは収まらなかった。爆発寸前の時、私はとっさに自らお詫びのメールを差し上げた。

メールを受け取った大企業の社長から、意図もしない、逆にお礼のメールまで頂いた。そして無事に収束することができた。

対外的な活動の全ての責任は社長にある。その過程での部下の問題があったとしても、その責任は部下には一切ない。それを指導し、そこから何を得て、何を改善に役立てるかを考えるのは、社長しかできない。全ての責任は社長である。

何のために社長がいるのか。

仕事を取るため。頭を下げてお詫びするため。そして、その姿を部下に見えることで、社員を指導するためだ。

日々のやり取りにこそ、最大の指導の場面がある。日々が指導である。それでも、社長の改善意欲が弱ければ、クレームが出る。

クレームこそ、最大のチャンスだ。頂戴したクレームには、サービスを向上させる大きなヒントが隠されている。それを顕著化させてくれたのが部下だ。だから、部下に責任はない。

クレームが出てから部下を叱るな。それは、部下のせいではない。日々の指導を怠っている社長の責任だ。起きたことは社長の責任。起きないようにするのも社長の責任なのである。

部下を注意するのは、クレームがでる前に行うことである。事前にそれを発見し、起こり得ることを予測できないようでは社長の能力がないということである。

だから、クレームが出たら、お詫びするのは社長の仕事なのである。社長が自分の指導力不足を認め、お客に反省を示すのである。そして、指摘頂いたことに感謝の意を示し、失いかけた信頼を社長が取り戻すのである。

前述の大企業の社長からは、「これまで私が自社内で論じてきたこととダブることが多く大いに共感を抱きました。いや、正直、貴殿の下で、修行してみたい気持ちに成りました。」と、身に余る御褒めの言葉を頂戴した。

私は、再び「私が十分に指導できていない点について、そこをズバリと指摘頂いたことは、情けないながらも感謝の気持ちで一杯であります。本当にありがとうございました。」とお礼のメールを差し上げた。

その社長が、今週で退職するという。

今回のご指摘、本当にありがとうございました。ご指導頂きお礼申し上げます。

私自身、未熟な社長で、未だ真の社長になっておりらず、それが全ての原因でございます。社長が社長として責任をもった対応ができるよう精進してまいります。今後ともご指導を宜しくお願い申し上げます。

私は今、何千通を超えるメールを前にして、自らが自分の部下である社長を指導できず、情けなさと、悔しさで一杯である。そして、彼らの部下である社員に対し、申し訳なく思っている。その原因と責任は、全て私の責任である。

社長が社長である理由は、社長が社長として対応することだ。社長の対応とは、部下を指導し、全ての責任を負うことだ。

それができないのなら、社長が社長である理由などない。

そして、社長は、社長として甘んじてはならない。社長という名にしがみ付き、社長というポジションにあぐらをかいているようであるならば、もはや、社長である理由はあるまい。

どうやら、私には、そのようなポジションが合わないらしく、居心地も良くない。だから、私には、社長を指導するまでの力量など持ち合わせていないのであろう。とても、自分が真の社長になれないのだから。

最後まで読んで頂き、感謝申し上げます。

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投稿者 :堀田信弘: 2009年3月16日 05:40