【堀田信弘の今日の語録】 『この会社は、きっと伸びるだろうな。他の会社と違うことができること自体に可能性を秘めているから。』


若者について  「活・喝・勝」


出る杭を愛す

20代は出る杭になる。30代は出る杭を伸ばす。40代は出る杭に出会う。50代は出る杭を愛す。これは、2005年11月に私が書いた『出る杭』という記事の内容である。

私の20代は、出る杭だった。

いや、正確には10代もそうだった。とにかく曲ったことが嫌い、理屈が通らないことが許せなかった。先輩であれ、上司であれ、取引先の役員であれ、向かっていった。

30代になっても出る杭だった。先輩からは押さえつけられようになり、「私はあなたを責任を持ってクビにする。そして、その責任を取って私も辞める」と張り合った。日本IBMの部長とは、胸倉を掴んで取っ組み合いになるところだった。

同時に、出る杭が出ない組織に嫌気をさしていた。そんな時、私と同じく出る杭になろうとしていたのが佐々木である。私は、彼とコンビを組んで、急速に業績を伸ばした。一方の部門が7年間要した売上額に、我々二人は全く新しい部門においてわずか2年で追いついだ。

40代になった。出る杭が集まる集団にしたいと会社を設立した。

そして、40代半ばになった。40代は出る杭に出会う。

50代は出る杭を愛す。

私は、もう自分が出る杭になるのではなく、出る杭を活かす立場になった。

出る杭は打たれると言うが、私の中では、出ない杭は打たれるという考えだ。

出ない杭に限って、下らんまっとうで平凡な案しか出てこない。出ない杭が、出る杭の邪魔だけはしてもらいたくない。だから私は出ないように打つ。

打たれた側は、勘違いしないでほしい。出る杭は伸ばすと言いながら、打っているのではないかと。私が打つのは、出ない杭だ。出る杭なら打たない。

私自身が出る杭だったから、出ない杭がどれだけ邪魔か良く知っている。出ない杭が出る杭の足を引っ張り、まっとうに見える出ない杭のほうが評価される。アホな話だ。

もうひとつ勘違いしないでほしい。自分が出る杭だと意気込んでいる人。反抗したり、威張ったりすることが出る杭ではない。

先輩であれ、上司であれ、取引先の役員であれ、向かっていった。しかし、彼らが嫌いだとか、能力がないとかというような上から見下ろすような考えではない。かつ、立場が弱かったり、権限がない人、相手が非を認めている人などには、出る必要がない。

相手が強く、傲慢で、道理が通らないようないい加減で、屁理屈で保身するような人に向かうべきだ。それが出る杭である。簡単に言えば、弱い者いじめをするような人間は、出る杭の資格などない。

これから、私は、出ない杭を打つ。弱い者いじめではなく、出る杭になれるだろう人間に対し、出る杭になってほしいと願いを込めて打つ。出る杭になれそうもなければ、打つ意味はない。

出る杭は、一緒になってもっと出るようにする。これが出る杭であった私のこれからの生き方である。

20代は出る杭になる。30代は出る杭を伸ばす。40代は出る杭に出会う。50代は出る杭を愛す。

私は、出る杭が大好きだ。

最後まで読んで頂き、感謝申し上げます。

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投稿者 :堀田信弘: 2009年3月20日 05:42