馬は、人を見ると言われている。乗馬初心者の指示に、馬は簡単には従わない。体重が重い人が乗ると、全く動かなくなる馬もある。乗馬には、「一に心、二に手綱、三にむち、四にあぶみ」という心得があるそうだ。
馬に乗ってやるという気持ちではなく、馬に乗せてもらうという気持ちを持って、まずその馬と心を通い合わせる。相手は乗せるほうで、こちらは乗せてもらうほうなのである。
やがて、手綱さばきを使って、乗っている側の意志を、馬に伝え、馬を右、左と自由にハンドリングできるようになる。さらに、むちを使って強弱をつけ、時には早く、時には止まったりと、馬にアクセルとブレーキの意味を伝えていく。最後は、あぶみに入れた足で踏ん張って、自分の身を支え、馬から振り落とされないようにしっかりと馬と一体となる。
このように人馬一体となって初めて、上手に馬に乗ることができるのだそうだ。
上司には、権限が与えられている。組織を統制するための権限だ。その権限は、言わば手綱やむちである。手綱やむちを用いて、部下を右、左へとハンドリングし、かつ強弱をつけてスピードを増させる。
しかし、上司と部下の間で、心が通っていなければ、どんなに手綱を引いても、むちを叩いても思うように動かない。
上司は、組織をどう動かすかを考え、部下に指示を行う。部下が指示通りに動けば、上司の意志、意図が反映されたことであり、それによってもたらされる結果は、その上司の意志、意図の表れ、つまり、全てが上司の責任ということになる。
ところが、部下が上司の指示に従わなければ、上司の意志、意図が反映されたことにならない。つまり、上司は、自分の意志、意図が十分に反映できないまま、それでも、それによってもたらさせる結果に対して責任を負う。それは、手綱やむちという権限が与えられているのにも関わらず、上司の問題であれ、部下の問題であれ、結果としてその権限を十分に発揮することができなかったという結果責任である。
「部下が言うことを聞かない」と嘆く上司がいる。「そんなことをしたら辞められてしまう」と弱気な上司がいる。
誰に嘆いているのか。それは、自分の無能さについてではないか。なぜ弱気になるのか、それは自分が上司として十分だという自信がないからでないか。
そのような気持ちになっている上司のことを、部下は見ている。部下は上司のことを評価しているのだ。
乗馬初心者の指示に、馬は簡単には従わないのと同様に、上司として初心者的で自信がなく、威厳がない人には簡単には従わない。つまり、従わないということは、部下が上司を評価していないということである。
もし部下が、その程度のことで辞めると言いだすのなら、辞めさせたら良い。私は、来るものは拒まず、去るものは追わずと言ってきた。辞めると言いだして上司と駆け引きするようなものは必要ない。
辞められて困るようなら、それ以前から辞められないような措置を講ずるべきだ。それができていないのは、辞めると言いだす部下の問題ではなく、上司の対応ミスである。
権限がないと言う上司がいる。権限が明確でないという上司がいる。そのような上司は、上司である必要がない。上司には、権限が与えられている。組織を統制するための権限だ。組織を統制するのが上司の仕事である。そのための権限は大小は別にして、明確に有している。
権限がないというのは、権限をフリーハンドで持たせろと言いたいのであろう。今よりも強い権限がなければ、部下が動かないと勘違いし、強い権限があれば部下が動くと誤解している。そのような人に、より強い手綱やむちを持たせても、馬が可哀そうなだけだ。
「一に心、二に手綱、三にむち、四にあぶみ」とは、上司と部下の関係にも当てはまる。
私は、部下への指示力は、上司への支持率で決まると思っている。
上司の考え、上司の人間性に対し、部下から支持がないものは、どんなに優秀なプランを部下に示したとしたも、心から進んで従おうとは思わないであろう。この上司のためには、自分たちの背中を貸し、重い上司を乗せて必死で走ろうと誰しもが思わない。
支持がなければ指示を聞かない。
馬は、人を見ると言われている。馬でさえ、人の心を読み、人馬一体となる相手かどうか、馬が先に判断する。先に判断された人間は、馬を従わせようと思ってももはや手遅れである。もっと、馬を知り、堂々した態度で乗馬に望む訓練をしてこなければならないであろう。
上司と部下でも同じだ。部下は、上司の心を読み、その上司に自分を委ねることが得か損か判断する。この上司のためならという気持ちにまで至らないようであれば、金の切れ目は縁の切れ目である。
上司は、手綱やむちをテクニカルに使おうとする前に、まずは人の心を知り、自分自身が部下に信頼され、部下から支持を勝ち取ることである。部下が言うことを聞かないのは、あなたに魅力も能力も感じないからだ。それを理解できなのなら、愛する部下のために、上司が辞めるべきだ。それが上司の責任の取り方である。
自分を保身し、自分の立場、自分の威厳、権限などばかり考えているような上司を誰が支持するか。いつでも辞める覚悟を持ち、自分自身もその上の上司の部下として見本となるような姿を、部下に見せるべきである。
支持と指示。これが「一に心、二に手綱、三にむち、四にあぶみ」という乗馬の心得の意味ではなかろうか。
支持なくして指示なし。これが上司の心得だ。
これを知ったら、上司がまず行うことは、自分自身を批判し、反省することだ。それができれば、必ずその心は、部下に通ずる。それが人間関係である。
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投稿者 :堀田信弘: 2009年3月22日 05:42