【堀田信弘の今日の語録】 『この会社は、きっと伸びるだろうな。他の会社と違うことができること自体に可能性を秘めているから。』


若者について  「活・喝・勝」


自分と同じ時は自分より上

自分と同じ時は、自分より上。自分より下の時は、自分と同じ。自分より上の時は、ずっと上。

この言葉の意味が理解できるような年代になった。20代、30代というこれからの経営者にはまだ理解できないかも知れない。

数週間前、株式会社VTMのホー・フィ・クーン社長とお会いした。彼と最初に出会ったのは、5年前だ。今回の再開は、5年ぶりである。

彼は日本の大学を卒業後、大手メーカーに就職した。5年前、渋谷のベトナム大使館で出会い、その後すぐに連絡が来た。

「日本で会社を設立したい」との相談だった。私が会社を設立して間もない頃である。

そして彼は、35才になっていた。再開した瞬間、とても10歳も年下の人間とは思えないほど、堂々としていた。貫禄さえ感じた。

日本を知りつくし、ベトナムでのビジネスの組み立て方を熟知していた。彼の話の内容は、スケールが違った。彼は、これまで出会ったベトナム人の中で、最も成功する一人になると確信した。

彼は、遥かに自分よりずっと上だ。

私は、これまでそのように感じることができた人はほとんどいない。どんな上場企業の社長であれ、衆議院の代議士であれ、スケールの大きさを感じられる人は少ない。

しかし、彼は違った。若さと才能を持ち、人を引き付ける魅力を持っている。

私は若い頃、自分と同じ時は、自分より上。自分より下の時は、自分と同じ。自分より上の時は、ずっと上という意味が理解できなかった。それは、自分より上の人と出会っていなかったからである。

そして、その原因が、自分の実力のせいだということを知らなかったのである。今になって、自分の実力がないから、自分より上の人と出会うことができないということを理解できるようになった。

そして同時に、上には上がいることも知った。つまりは、井の中の蛙であったのだ。

相手が上でも同じ程度にしか認められなかったのかも知れない。小山の大将である。

ところが、やっと、自分が成長すると、もっと成長している人と出会う機会を得ることができることに気づいた。自分と同じ程度と思っていた人は、実は自分より上であるという事実も知ることができるようになった。認めざる得ない状況を、自らの成長によって得られるようになったのである。

これを知ったことは、私にとって、何よりも成長した点である。

もっと成長することで、もっと上の人と出会い、これまでの自分の至らなさを発見させてくれるのだ。

私は、これまでこのブログの中で、どうしようもない社長や経営者の事例を取り上げて来た。私は、そのような人と数多く会った。しかし、改めて振り返って見ると、そのような人は、自分より下ではなく、今の自分と何ら違っていないのかも知れない。

世に出せる優れたキーテクノロジーを有している訳でもなく、自慢できる学歴や人脈もない。批判できるほど、有能な経営者ではない。

私は、そんな単純なことに気がつくことさえできないでいた。それは同時に、私を取り巻く社長たちも同じだった。

自分と同じ時は、自分より上。自分より下の時は、自分と同じ。自分より上の時は、ずっと上。

私は、一ヵ月ほど前、社内朝礼ブログの中で「他人との比較」ということを書いた。その中で、『もし、相手が自分と同じくらいだと感じたら、相手はあなたよりも上です。もし、相手が自分よりも下と感じたら、相手とあなたは同じレベルです。もし、相手は自分よりも上だと感じたら、相手はあなたが想像する以上にもっと凄い人です』という話を聞いたことをのせた。

そして、『社員の中に「私は、あの人よりも頑張っています」と言ってくる人がいます。それは、例えその人が言うことが正しいとしても、他人と比較して、自分のほうが優れているという姿勢は間違っています。私は、その両方を評価しません。』と書いた。

そもそも他人と比較して、自分のほうが上だ、相手のほうが下だ何て考えているようなレベルは、人間としてまだまだである。それが、もし、人の上に立つ経営者だったらどうか。

上の人を認めることができず、下のものをけなし、自分は優秀だと錯覚する。それではいつまで経っても成長できない。

自分と同じ時は、自分より上。自分より下の時は、自分と同じ。自分より上の時は、ずっと上なのである。

最低限、そのことを知らないと、とても成長など望めないであろう。

最後まで読んで頂き、感謝申し上げます。

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投稿者 :堀田信弘: 2009年3月24日 05:43