日本初の株式会社は、坂本龍馬が結成した海援隊だ。龍馬の死後、土佐藩士・後藤象二郎が海援隊を引き継ぎ土佐商会とし、その後、土佐商会は岩崎弥太郎によって三菱商会となり、三菱財閥の元となっている。
会社の定款に相当する海援隊約規には、隊員の資格について、 「土佐藩を脱する者、他藩を脱する者、海外に志しある者」と明記されている。
幸いに、私の部下は、全員「土佐藩を脱する者、他藩を脱する者、海外に志しある者」に合致する海援隊有資格者である。
これは、2005年11月に『龍馬のベンチャー精神』の中で私が書いた内容だ。
私がこれまでも、これからも目指しているグローバル企業は、この海外に志しある者が原点である。さらに、他藩を脱する者とは、中途採用を重視するというような意味ではなく、新卒も中途も隔たりなく、日本人も外国人も関係なく、老若男女が働ける企業にしたいとの思いからだ。
この考え方は、私の組織づくりの原点であり、世界に通用するグローバル企業創りへの基本理念である。これは、私の考え方であり、この考え方が正しいとか、これを推奨しろなどと押し付けるものでも何でもない。
私は先日、若い社長と出会った。
彼は、冒頭の内容を持ちだし、「堀田さんのブログをいつも読んでいます。でも私は、社員は新卒者だけで、中途採用はしない。海外オフショア、アウトソーシングは、技術が流出するから行わない。そんなことをしては日本のためにならない。」と言った。
私は、「それは素晴らしい考えだ。そのような志があるのなら是非、貫いでほしい」と伝えた。
彼の考えは、私の考え方とは明らかに違う。彼は、それを知っていて、私と議論を仕掛けようとしてきた。
「堀田さんは、私の考え方とは全く逆でしょう。私は、日本が好きです。堀田さんは、日本を嫌いですか。」
私は、このようなタイプを好きでない。好きでないというのは、私と意見が違うからではない。自分の意見が正しいということを示し、相手を屈服させようとする、あるいは白黒をはっきりしようとするようなやり方が好きでない。
人間の考え方に正しいも、間違いもない。人間は、考え方が違うことのほうが自然だ。違った考え方を持つ人を、ねじ伏せようとする傲慢さはあってはならない。
私は、彼と議論を避けた。無意味だし、これ以上に彼を嫌いになる理由もないと考えたからだ。しかし、彼は違った。余ほど私のことを嫌いだったのか、私に負けを認めさせたかったのか、挑発に乗って来ない私に対し、応戦してきた。
「堀田さんのように海外ばかり意識してたら、日本が日本でなくなってしまう。もっと日本の良さに目を向けるべきではないか。」
彼は何が言いたいのだろう。私が日本を嫌いだと思っているのか、私が日本をダメにしていると言いたいのだろうか。私にナショナリズムがないと言いたいのか、若者の右傾化について、認めろと言いたいのか。
それにしても、自分と考え方が違うような人のブログをなぜ読んでいるんだろう。そこまで私を知って、私をどうしたいと思っているのだ。時々、このブログに批判的なコメントが寄せられるが、余ほど暇なのか、私を許せないのか、関心してしまう。
私は、彼のようなタイプの人と出会ったのは、これが初めてではない。しかもその大半が若者だ。
私は、若者が大好きだが、若者の中には、彼のように私に挑もうとするものがいる。若さとは、野蛮であり、無鉄砲である。だから、彼のように違った意見を持つ人間と、あるいは私のような目立つ人間に向かって行こうという気概があることは素晴らしい。
それが若さなのかも知れない。
しかし、謙虚さがない人間は、若かろうが、年老いていようが、どんなに優秀で、成功した者であれ、私は大嫌いだ。これは、若いからという理由で排除することができない。人間としての資質の問題である。
私は、『謙虚さと積極さ』の中で、「できるだけ大きな謙虚という器を作り、こぼれない程度に一杯に注ぐ積極的という熱い液体。大器をもつ人とはこういうことなのだと思っている。」と書いた。
私は今でも、その考えは変わっていない。謙虚という器が先にありきだ。その器が大きければ大きいほど、そこに注ぐ積極さは大きくなり、どんなに積極的であっても、謙虚さの器の内であれば傲慢でなくなる。
この論が判らないようであれば、若かろうが、年老いていようが、リーダーとしては不適格だ。
若さとは、積極さを如何に大きくするかだ。恐れを知らず、どんどん攻めることができる積極さ。しかし、その積極さは、謙虚さの器の内という前提を知っていなければ、野放しになっている野犬のような危険な存在にしかならない。
謙虚さという器をどうやったら大きくできるか。どうやったら年上の人を敬い、先輩を尊敬し、意見の違い人に耳を傾け、少数意見や弱者の側に立つことができるか。謙虚さという器を大きくするためには、できるだけ多くの人と出会い、様々な人を知り、良いも悪いも吸収しようとする意気込みがなければならないのではないだろうか。
それをする前に、世の中で自分が一番だという錯覚と誤解を持っていたら、世の中に出てもなんら吸収できるものもなく、全てを見下ろすだけになる。それでは、その人の謙虚さは大きくならない。名刺の肩書き、会社の大小だけ人を判断し、色目を使うような見くびる姿勢では、謙虚さだけでなく、経営者として大きくならないであろう。
積極とは、謙虚さの器の内だ。
それを理解できばれ、目上の人、年上の人から可愛がられる存在となろう。それこそが、謙虚さの大きさの表れである。
最後まで読んで頂き、感謝申し上げます。
感謝。 毎朝6時に社内朝礼ブログをこちらで公開しています。こちらもご覧頂けたら幸いです。
この内容に共感頂けたらこちらをクリックして下さい。ありがとうございます。
※このブログは日本最大級の社長動画サイト賢者.TVのランキングで堂々第一位となりました。
投稿者 :堀田信弘: 2009年3月28日 05:44