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企業経営について  「活・喝・勝」


風通しの良い組織

なぜ隠すのだろうか。人間は、都合の悪いものは隠したいという習性を持っている。子供が親に隠し事をするのは、知られたら叱られる、恥ずかしいなどとその子が知られることを都合が悪いと考えるからである。これは、人間の習性である。

イスラム圏のバングラディシュに行くと、女性はサリーと呼ばれるヴェールを頭から被っている。中には、全身を黒いヴェールで覆い、目と鼻だけの顔の一部しか見せない女性も数多く覗える。

イスラムでは、既に誰かのものとなっている女性は、自分の性的魅力を隠すべきだと考えてかららしい。何れにしても、見られては困るという都合が悪い事情があるのである。

一方、人間は顔を隠すと、大胆となり、普段の自分とは別の側面を見せることもある。その代表例が、仮面舞踏会だ。仮面舞踏会は、仮面をした客たちは正体が誰か分からないような仮装をし、お互いのパートナーを求め舞踏する。

中世ヨーロッパの宮廷で盛んになった。しかし、風紀、道徳を乱すとしてマリア・テレジアは、これを禁止した。人間は、自分の正体が分からないとなると、普段の倫理観を越えて異常なまでに化けるからだ。仮面舞踏会では殺人事件なども発生した。顔が判らなければ、人間は凶暴にもなるのである。

このブログでもそうだ。私は実名だから個人が特定される。ところが、私のブログにコメントを入れる人のほとんどは匿名である。

なぜ匿名にするか。それは実名では困る、都合が悪いからである。匿名であれば、どんなことを書いても、誰が書いたのか特定されず、安心して書き込めるということであろう。私は、かつて『匿名は臆病者である』の中で、「匿名は許すが、それは臆病者であり、臆病者の発言は、信憑性も低く、議論の価値も低い扱い」を書いた。

そしてまた、「日本では、匿名の発言を、臆病病の発言と言うと、勇気がない人だっているだろうと反発する声が殺到するだろう。」とも続けた。しかし、これは世界の常識ではなく、日本の匿名志向の表れだと考える。

私はこのように、これまでも自分は隠すことよりも、オープンな心でいたいということを書いてきた。「オープンな心とは、公表すること。公表することで責任を自覚し、有言実行の気持ちでやり切るプレシャーを持つ。失敗も成功も公表し、批判を甘んじて受け、反省し改善する。改善策を公表し、今度こそやり切るという強い意志を示す。」ことだと書いた。

人間は、都合の悪いものは隠したいという習性を持っている。いや、正確に言うと、隠したいという前に、公開、公表したいという気持ちは、日常ではほとんどの場合起きない。

言いかえれば、表に出すことは、必要最低限で良いと考えている。隠すというのではなく、イスラム人女性のようにヴェールで一部しか見せないという表現のほうが正しいかも知れない。

私はかつて、原子力事故が発生した動力炉核燃料開発事業団に出向したことがある。事故が発生した時、マスコミ各社は「組織の隠ぺい体質が事故を招いた」と一斉に論じた。小規模な事故が起きたことを公表しなかったことが、大事故につながったのである。

しかし当時、その組織にいた人間は、事故を隠すというような意識はなかった。公表する基準があって、小規模で外部への影響が少ないものは公表する必要がないとされていたからである。

ところが、事故当時現場にいた人間と、幹部とでは意識のズレが生じていた。事故を解明するために、詳細な情報が現場から上がる。ところが、幹部は、軽微な事故であり、外部への影響が少ないことを強調したいがために、事実を隠し、事実とは異なる公表をした。後に、それが判明した。

結局、公開基準の全面見直しが行われた。これまでの公開基準を設けるやり方から、原則全て公開に切り替えたのだ。これは、組織解体まで追い込まれたから出来たのであろう。

人間は、都合の悪いものは隠したいという習性を持っている。そればかりか、非公開が前提で、公開しようとすることなど皆無である。ましてや、最近の個人情報保護法などの施行により、できるだけ自分を隠し、情報漏洩を防ごうという心理が強い。

しかし、組織はそれでは行けない。組織は、人間の集まりである以上、黙っていれば、必然的に隠そうとする。特に、自分の責任を問われるようなことを隠すのは、必然的である。これは、すべての組織に共通する基本的な体質だ。

これを変えられるのは経営トップしかいない。

しかし、そのトップこそが、責任を問われるような立場になっている。だから、前述の組織のように、事故現場にいた人間が正直に報告しても、その上の責任を問われる幹部は隠ぺいあるいは、虚偽の報告をしようとしてしまうのだ。

つまりは、余ほど、上の人間ほど、公開、オープンな姿勢でいなければ、組織は隠ぺい体質になるのである。

わが社には、役員室などの個室はなく、会長も社長も新入社員も、先輩と後輩も隔たりなく、隣り合わせに一列に並んでいる。これは、密室を作らないためだ。そして、事件が会議室という密室で起こらないようにするためである。

そして、毎朝発信している朝礼ブログも日本語、中国語ベトナム語で世界に配信している。

それをして、私にとって何ら困るようなことはない。もちろん、他人を実名で誹謗中傷したり、機密事項を漏洩したりするようなつもりは毛頭ない。私の考え方や、会社の姿を手に取るように知ってもらうためだ。それは、これまで出会った人やこれから出会うであろう人への私の心からのメッセージなのだ。

私は、これからもオープンな心で、正々堂々としたリーダーでありたい。変な噂が生まれるような風通しの悪い組織にはしたくないのだ。

トップがオープンでなければ、風通しの良い組織にはならないのだ。私は、どこよりも風通しの良い組織を目指している。

だから、私はこれから一貫したオープンな姿勢に徹したい。

特筆すべき能力がない私ができることは、誰もがやりたくないことや、そこまでやるのかと言われることに挑戦するくらいしか能力がないのだから。それが私だから仕方あるまい。

最後まで読んで頂き、感謝申し上げます。

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投稿者 :堀田信弘: 2009年3月30日 05:45