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教育について  「活・喝・勝」


新・教えることは学ぶこと

わが社ができて最初の入社式は、2005年4月である。会社を設立して1年を経てからだった。

この時の入社式は、私も含め5名だった。彼らは、今、全員わが社の重要な役員だ。それから、4年が経った。今、グループ全体の社員は120名を越える。

当時、私は、その時のことを、次のように書いた。

私と妻は、結婚して5年間子供が出来なかった。その間、妻はとても苦痛な不妊治療に通い、健康な体に毎回注射をするのを見て、痛々しい思いをした。そんな苦労の末に誕生した長男の姿を見たときは、とても感動的であった。

そして、これから頑張らなくてはと心に誓ったものである。親であれば、誰でもこのような気持ちになることだろう。

入社式もいわば、会社に新しい生命が宿ったようなものである。

このように書いた私は、この文を改めて読み直してみた。

当時、私は、入社式を最も大切な行事だと位置づけていた。その気持は、今でも変わっていない。

ところが、今年は入社式を行わなかった。

その理由は、私自身が、入社式を行う資格がなかったからである。

合理化だ、給与削減だ、リストラだ、と号令をかけ、泣く泣く去って行く社員を前に、新しく誕生した社員の誕生会をすることができなかった。

私は、悲しさで一杯である。

採用の募集をしても誰一人として来ない経験をした。どんな人でも来てれる人なら全員採用するつもりだった。それでも、最初の入社式に参加した全社員はたったの5名。

私が最初に得たこの5名の仲間。彼らは、次々に新しい仲間を増やしてくれた。

しかし、同時に、採用の募集をしても誰一人として来ない経験などしなくなっていた。すると、選ばれる側から、選ぶ側に変わっていった。どんな人でも全員採用するくらい必死で仲間を求めていたものが、仲間を選ぶようになった。

このこと自体は決しては悪いことではない。

しかし、不妊治療まで行い、辛い思いまでして、待ち望んだ子供が生まれたことを、私は経験している。そのことと、採用の募集をしても誰一人も来ないことを経験したことは、ほんの少しだけ似ている。

だからこそ、人が去ったりするのは辛い。そればかりか、人を人と思えなくなるようなおごりの心が生まれることのほうが、遥かに怖い。

経営者である以上、時には人を切らなければならないことは当然起こる。決して自慢できることではないが、相当数の人を切ってきた。だが、私は、常に断腸の思いだった。

いつも、切られた彼らが悪いのではなく、見る目がない私、使いこなせない私、十分に活かせなかった私が全て悪いと思っていた。

4年前の入社式のことは、『教えることは学ぶこと』というタイトルで次のように書いた。

親になるということは、子に教えなくてはならない。しかし、子に教えることは、これまでの経験を教えるのではない。その子が最も発揮できる環境を提供したり、アドバイスをしたりすることである。教えるのは、決まった型はない。同じ子供でも全く違った個性や能力を持っている。だから、型はない。

型がないから、親は色々なことを学ばなくては、とても教えることはできない。そう考えると、教えることより教わることのほうのが多いのかもしれない。

私は、子供が誕生することによって親が子供から学ぼうとする気持ちこそが、会社の入社式なのではないかと思う。こういう気持ちになっていれば、あの輝いた目を見て、何も感じないはずはない。感じればこそ、自分自身にもやる気が宿るのだと思う。

経営者は、指導者である。人の上に立ち、リーダーとして、皆を率いなければならない。

そのためには、リーダーは誰よりも学ぶ姿勢が必要だ。私は、今でもそのように思っている。

多くの部下を持てば持つほど、様々な出来事や、個性が、リーダーを嫌と言うほど鍛えてくれる。しかし、リーダーが、そのような部下たちから学ぶ姿勢がななければ、リーダーはリーダーとして育たない。私は、いつでもそのように思っている。

組織の指導者が指導することは、過去の経験や知識ではない。そのリーダーの考え方、生き方、行動そのものを堂々と示し、それを理解してもらい、その上で、それを支持する彼らに対し、最も発揮できる環境を提供したり、アドバイスをしたりすることである。

どんなに理論が正しくても、彼らが理解できなければ意味がない。どんなに正しいことでも、リーダーの姿勢が支持されなけば、人は動かない。どんなに動ける環境を与えても、何のアドバスもなく放任して、責任だけを求めるだけならリーダーなど不要だ。

教え教わる』の中で、「学校の教育でも、職場の教育でも、教える側、指導する側が自ら学ぶ姿勢がなければ、学ぶ側の学ぼうとする意欲は育たない。」と書いた。

今、私は、春なのに、入社式が行えなったことを前にして、再度、自らが学ぶことの重要さを認識した。そして、悲しい4月を向かえた。

決して、この悲しさ、辛さは忘れない。

来年は、必ず新しい仲間を迎え入れる入社式を行いたい。それは、私の悲願であり、私の使命であり、私の生き方である。

最後まで読んで頂き、感謝申し上げます。

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投稿者 :堀田信弘: 2009年4月 5日 05:52