半ズボン姿で出席した小学部、ジャケット姿の中学部、そして今度はネクタイ姿の高等部となった。長男が、同じ校舎で、今日、3度目の入学式を迎える。
養護学校は、小学部、中学部、高等部と全学部一緒に入学式を行う。全学部と言っても、各学部10名足らずだから、合計30名ほどだ。
その30名のために、来賓、父兄、PTA役員、施設の方々など60名以上もの出席がある。
9年前の小学部入学式、私が父兄代表として謝辞の挨拶をした。その姿を見た息子は、大声を上げ、不安そうにウロウロして席に着くことさえ出来なかった。その頃、彼が話せたのは「パパ」という単語だけだった。
それから9年間の義務教育を卒業した。
そして、私の身長を超えるまでに育った息子は、漢字で名前を書けるまでになり、高等部の入学試験に合格した。
障害を持つ親にとって、人生の中で最も悲しみ悩むのは、3度あると言われている。
一度目は、その子が生まれ障害があると知った時。
天国から地獄に落とされたような辛い想いをする。
二度目は、小学校に入学する時。
普通の子との差を感じはじめるも、普通学校か養護学校に通わせるか悩む。
三度目は、養護学校を卒業する時だ。
親が死んだ後、この子はどうなるのだろうと将来を悲観する。学校に通った12年間より、それ以降の年月は遥かに長く、しかも、親の体力が衰え始め、退職も身近に感じるようになる。
その時を迎えるまで、今日の入学式であと3年となった。
彼は、小学部に入学する前に障害認定を受けた時から、遥かに成長した。1ヵ月前、縄跳びを何度も教えても、飛ぶことができなかったのが、1ヵ月経って、200回以上も飛べるようになった。
「お父さんの名前は?」との質問に、「パパ」としか答えることができなかったのが、今ではお父さんもお母さんの名前も言えるようになった。
『ごめんなさいね おかあさん
ごめんなさいね おかあさん
ぼくが生まれて ごめんなさい
ぼくを背負う かあさんの細いうなじに ぼくはいう ぼくさえ 生まれなかったらかあさんの しらがもなかったろうね
大きくなった このぼくを 背負って歩く 悲しさも「かたわな子だね」とふりかえる つめたい視線に 泣くこともぼくさえ 生まれなかったら
ありがとう おかあさん
ありがとう おかあさん
おかあさんが いるかぎり ぼくは生きていくのです脳性マヒを 生きていく
やさしさこそが 大切で悲しさこそが 美しい そんな 人の生き方を教えてくれた おかあさん
おかあさんあなたがそこに いるかぎり』
この詩は、障害者の雇用に"ど真剣"に取り組んでいる社長から教えて頂いたものだ。
一年前に出会ったこの"ど真剣"社長は、私が心底から尊敬できる経営者である。
私は、この9年間、どれだけ成長できただろうか。"ど真剣"に少しでも近づくことができただろうか。
3年後の卒業式は、私にとっても大きな節目になる。これから3年、私も真剣に生きて行こうと思う。
最後まで読んで頂き、感謝申し上げます。
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投稿者 :堀田信弘: 2009年4月 7日 05:53