五月に降る雨を集めた最上川は、いつもに増して沢山の水を集めて、早い勢いで流れて行く。
松尾芭蕉は、この姿を見て、「五月雨をあつめて早し最上川」という俳句を残した。ちょうど、この時期に詠まれた詩である。
蕉風俳諧の理念に、不易流行というものがある。
不易とは、いつまでも変わらないこと。流行は時代に応じて変化することである。芭蕉は、この二つの矛盾することについて、どんなに世の中が変わっても変わらないものと、社会がどんどん変化して行くことに柔軟に適応して行くことの両方が重要だと考えた。
俳句の世界は、五七五という変えることができない、変わっては行けない世界でも最も短い詩だ。僅か17音で表現される詩は、絶えず新しい句材を求め、新しい表現を心がけないと同じようなものしか表現できなくなってしまう。それを、不易流行という理念で表した。
私は、かつて『変わる勇気と変わらぬ覚悟』の中で、「変わる勇気と変わらぬ覚悟、これは私自身の生き方である。」と書いた。私流の不易流行の考えた方である。
私にとっての不易、つまり変わらぬ覚悟とは、一言で言えば、常に現状に満足しないということだ。一瞬たりとも、この程度で良いと自己満足してはいけないと思っている。
私は、有能な哲学者でもないから、信念を持って、何かの真理を追究するような高貴な考えを持ち合わせていない。時には、社会貢献やら、ポリシーならと理念を持つことが重要だと指南されることもある。
しかし、私は、いたって凡人である。凡人という意味は、この方法、この考えた方に間違いはないと死を覚悟した信念を持ち、何は何でも貫き通すような考察を持っていないということである。
だが、私は、その方法やら、考え方と言った論理的、哲学的なものよりも、精神的で曖昧な、常に現状に満足しないということのほうが、遥かに重要だと考える。なぜなら、それは、宗教観にも似た、理屈があるものではなく、心の拠り所のような存在だからである。
だから私にとって、その拠り所である常に現状に満足しないという単純なことを否定されることも、軽んじられることも認める訳には行かないのである。
私は、常に現状に満足しないということを不易と考える。
その反対に、安泰という言葉がある。
一度試験に合格すれば安泰だとか、公務員になれば生涯安泰だとか、やっとの思いで経営者になれば安泰だというような考え方は、大嫌いだ。
そもそも生涯において、安泰などというものはあり得ない。これから一時間後に何が起ころうとも、不思議なことではなく、全てがあり得ることなのである。だからこそ、平穏無事な安泰を望む気持ちは判らないでもないが、望んだとしても、現実には何が起こっても不思議ではないのである。
それを否定して、安心で安全で、長続きするような安泰な道のみを選択するようなことを、私はしたくない。
どうせ生きるのなら、自分の限界に挑戦したい。それが、現状に満足しないということである。
不易流行。
不易とは、いつまでも変わらないこと。流行は時代に応じて変化することである。
この二つの矛盾を実践することは、そう簡単なことではない。変わらなぬ意志を持つことは、時代の変化に動じないことであり、逆に、時代に応じて変化することは、自分の意志を曲げてまでも柔軟に適応することである。
私は、この二つの矛盾する不易流行をとても、意識している。
それは、自分の限界の挑戦する証しであり、私そのものであるから。
不易流行、この言葉こそが、私の理念そのものだ。
リーダーとは、誰に何と言われようが、不易流行と言える理念を持つべきである。
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投稿者 :堀田信弘: 2009年5月11日 05:42