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世の中について  「活・喝・勝」


変化し続けることが変化しないこと

先日、古い友人と出会った。25年ぶりだった。彼は、白髪が混じり、私と似たような小太りになっていた。若い頃の面影は残っていたが、お互い中年の部類に入っていた。

「堀田は全く変わらないなぁ」と彼は呟いた。

私は、自分ではどんどん変わっているつもりだったのだが、その言葉は以外だった。

「変わったなぁ」と言われるのと、「全く変わらないなぁ」と言われるのと、どのように異なるのだろう。

私は、常に変わろうとしている。私が変わる目的は、二つだ。

一つは、変わり続けることこそが、変化に対応できるからだと考えているからである。世の中は、放っておいてもどんどん変化して行く。変化していく中に、変わらずにいれば、取り残されてしまう。だから、私は、最低でも世の中の変化についていけるぐらいの変化は必要だと思っている。

ただ、経営者としては、その程度の変化意識では、世の中の変化についていけたとしても、ビジネス戦争の変化にはとてもついて行くことはできないであろう。

だから、私は、どうせ変化するのなら、誰もがやらないこと、誰よりも早く、いち早く変化することを考えている。私の変化の基本的な考え方は、柔軟で大胆である。

そして、もうひとつ、私が変わる目的がある。

それは、私自身が未熟だからである。私は、何をしても、何かを得ても、いつも満足度が低い。簡単に言えば、達成感が薄い。欲求不満であり、成長したいという意欲が強い。未熟だからこそ、もっと成長したいと思い続けている。

それは、私自身の性格や考え方についても言える。自らが、昔から反省することすらできない人間だと認識しながら、常に反省しなければとの強い意気込みがある。

できない自分を脱したいという矛盾と葛藤の中にいることが、自分を成長させることだと、自分を変化させることを意識している。

この二つのことから、私にとって変化とは、私の生き様であり、変化こそが、成長の源だと固く信じている。

変化をすれば、半分以上は失敗することのほうが多い。しかし、それを承知でいれば、その失敗こそが、私の次なるやる気への肥やしになる。

その逆に、仮に成功したとすると、私は、そちらのほうが遥かに次の手を打つのが難しく思ってしまう。私ができるのは、精々、成功の中から、荒探しをして、その問題点を変更し、向上させることくらいしか思いつかない。

そういう意味で、私は、失敗しているほうが自分にあっているのかも知れない。そのほうが、失敗を克服しようとする意欲が湧き出てくるのである。

それを継続することが、私は、変化することだと思っていた。

ところが、冒頭の「堀田は全く変わらないなぁ」という言葉。変化こそが私自身と思っていた者にとって、変化していないということを言われたような気がして一瞬驚いた。

彼は、言葉を続けた。

「俺は、変わったよ。」

「結婚する前は、我武者羅に働いて、独立しようと考えていた。ところが、結婚して、家を持ち、子供ができたら、独立どころではなくなったよ。仕事より家庭のほうが重要になり、今では、一生懸命に仕事をしてストレスが溜まるよりも、当たらず障らずにしていたほうが気が楽だ。」

彼の言葉のように、変わったのは、私のほうではなく、彼のほうだった。

彼とは、将来を夢見て、議論を戦い合わせた仲だ。

私は、「堀田は全く変わらないなぁ」の意味がやっと理解できた。

人間は、年齢や社会環境などにより、誰でも放っておけば、自然に変わって行く。歳を重ねるごとに、顔や風貌は、もちろん老ける。経験を増すごとに、考え方も次第に体験に基づいたものに変化する。失敗すればするほど、リスクを考えるようになり、大切なものができればできるほど守ろうとする。

これが自然な変化だ。

そういう意味で、人間は、誰でも自然に変化するのである。

しかし、私は、それでも25年も前に考え方から変化がない。歳を取ったのは、彼と全く同じである。白髪も増え、腹も出てきた。時々、疲れも感じるようになり、毎日血圧の薬も飲むようになった。この間に、家庭を持ったことも全く同じだ。

この25年間の社会変化の中にいたのも一緒である。

それなのに、私は25年前と相も変わらず、私にとって変化とは、私の生き様であり、変化こそが、成長の源だと固く信じているのだ。

数年前と私は、全く異なっている。性格も考え方も異なったかも知れない。方向性も求めるものも全て変わったと言われても何ら不思議でない。

しかし、最も私が変わったのは、やる気と意気込みだ。内容も質も変わった。変わっていないのは、いまだに、やる気と意気込みがあることである。

世の中は、間違いなく変化する。その中に生きる人間は、自然にその変化に合わせ、否応なしに変化させられてしまう。気がついた時には、世の中の変化というエネルギーに自分のエネルギーが吸い取られ、自分が望まない形に変化させられてしまうのだ。

私は、嫌だ。

世の中の変化に、自分のエネルギーが吸い取られるくらいなら、世の中を自らの手で変化させたいものだ。

私をこのような思いにさせてくれているのは、怒りが一つのキーワードである。世の中に怒り、政治に怒り、現状に怒っている。このブログを継続できているのも、まさに怒りとの戦いである。

この怒りがなくなったら、挫けるだけである。こんな私でも、体力や考え方は、老いと葛藤している。老いが覆い被さろうとするのを、必死で手で払っている状態である。そんなに私も強くない。手で払い除けられるかどうか、毎日変化し続けることで、手掛かりを見出そうとしているのだ。

私の変化とは、その程度のことである。大それたことではない。

変化し続けることが変化しないことなのである。単純なことさ。

青春とは人生のある時期ではなく、心の持ち方をいう。単純なことだ。

最後まで読んで頂き、感謝申し上げます。

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投稿者 :堀田信弘: 2009年6月 8日 05:56