先日、銀行の担当部長が訪れた。借り入れしているのを、一括して返済すると担当営業に伝えたら、慌てて飛んできたのだ。
私は、同じことを二つの銀行に伝えた。
片方は、何の音沙汰もなく、そのまま連絡すらない。別にどうなろうがどうでも良いと考えているのだろうか。それとも、返せるものなら、返してみろと言わんばかりに、無言の抵抗をしているのだろうか。何れにしても、顧客に対して何らアクションがないのだから、腐った営業だ。
それに対し、もう一方のほうは、返されてはまずいと思ったのか、慌てて担当部長を寄こした。
と、普通は考える。何とか継続してほしいと懇願されると思った。
しかし、さすがに、大銀行の大部長さまは、こちらの予想とは裏腹に、驚くべき対応だった。
「返しても何にも良いことないよ。そのままにしておきなよ。後で困るよ」
だ。
一流企業、大銀行の大部長さまは、さすがだ。久しぶりに、馬鹿企業の馬鹿部長を見た。
何様だと思っているのだろうか。
これが、世の中の実体である。
彼の頭の中に、"顧客"という単語はあるのだろうか。
恐らく、一流企業、大銀行の社長は、そんな単語を部下に使わせないのだろう。それとも、窓口業務の女性職員だけに、化粧で塗りつぶすかのように見せかけの笑顔で振る舞わせ、部長ともなろう管理職には、一流企業のプライドを持って顧客を恫喝しろと教えているのだろうか。
さすが大企業だ。腐っている。結局、三大銀行のうち、二つは同じようなものだということだった。
たった一人の馬鹿が、企業イメージを失墜することを、さすがに大企業は十分に認識されている。それでも社会に通じると考えているのだから、大企業でいることができるのであろう。
私のような小さな会社なら、とてもとてもそんなことできない。
それを知ってか、大銀行の部長さまは、どうせ逆らえないのだから、四の五の言うなと、ご指導して下さった。
私は、その指導に従って、清く、返すことを決めた。
『土壌が悪ければ、どんな立派な野菜を作ろうと思っても、すぐに腐ってしまうだろう。土壌が良くなければ美味しい作物、安全な野菜ができるはずがない。
さらに、土壌には、PH値によって、生育できる農産物が異なってくる。土つの相性が良くなければ、美味しい野菜は育たないのである。
人間の組織において、この土壌は風土だ。』
これは3年前に書いた『土壌と風土』の一文である。
土壌は、放っておけば必ず腐る。やがて、大地の荒廃を生み、大きな問題を起こす温床となる。
組織も、同じだ。たった一匹の病害虫が入りこめば、腐敗が始まるのは一気である。
このように、かつての私は、病害虫が腐敗の一因だと思っていた。
しかし、最近の私は、病害虫が腐敗を招くのではなく、腐敗が病害虫を発生させると思うようになった。
土地は丁寧に耕せば、その時点では病害虫は存在しない。好気性を良くし、水をたっぷり与えれば、良菌バクテリアが育つ。しかし、その状態を維持するには、決して放置しないことである。耕し続けることである。
それを怠れば、一瞬にして良菌が悪菌に変異する。あんなに素直で、真面目で、一生懸命だった者が、違った方向を見て勝ってに歩きだす。
彼が歩けば、接触感染を起こし、あっという間に悪菌だらけになる。
農薬や科学肥料によって彼らを排除しようとすればするほど、土地は荒れ、PHはどんどん変化して行く。そして果実や野菜の味が大幅に悪化する。
私は、人間に対し、二つの矛盾した考えを持っている。
一つは、人間は直ぐに変わってしまうということ。そしてもう一つは、人間はそう簡単には変わらないこと。この矛盾したものを人間は抱えているのだ。
変わるというのは、心のことだ。出会った瞬間に好きになったとしても、ほんの僅かな嫌いなところが見えただけで、一瞬にして嫌いになってしまうことがある。このように、人間の心は、過去と、現在、未来とでは、全く異なるものである。
私は、過去に書いたブログの記事を鮮明に記憶している。今回のように過去の記事を引用するのは、その時の思想と心の有りようを見直し、今を見つめるためでもある。多くの場合、過去と異なった心に変化している。
しかし、変化しないものは、考え方だ。
人間の考え方、これはそう簡単には変わらない。環境や教養、経験によってのみ、ゆっくりとゆっくりとしか変化しない。考え方が行動として表れる性格も、同様である。性格は、環境や教養、経験を得ても、自分で変わろうと思わない限り、他人や他力では変えることはできない。
人間の心は直ぐに変わってしまう。だが、人間の考え方は簡単には変わらない。これは言い換えると、矛盾する二つのことではなく、感性と理性のような関係だ。
心は感性であり、頭が理性である。感性は、多様性を持ち変化する。理性は、画一性を持ち変化しない。
この両面を持っているのが人間である。そして、その集まりが組織である。様々な感性と様々な理性が混ざり合う。
上司のたった一言で、これまで理性で抑えていたものが、抑えきれない感性によって、心が変化し、行動が変化する。好きだったと思う人が、嫌いだと思った瞬間、その人に対する行動は自然に変化するものだ。それは、上司に対するだけでなく、イコール会社に対しても同様な変化が起きる。
私は、これを防ごうとは思わない。これが人間の自然の姿だからである。
経営者が行うのは、この自然の現象を知り、理解し、対応することである。対応とは、農薬や科学肥料に頼るのではなく、耕し続けることである。好気性を良くし、水をたっぷり与え、良菌バクテリアをより多く育てることで、悪菌の発生を抑えるのだ。
私の考える好気性とは、情報公開と情報共有だ。水をたっぷり与えるとは、愛情であり信頼である。信頼できるものに自由と責任をたっぷり与えるのだ。
私が耕す畑は、幸いにまだ小さい。大企業のように大きな畑になれば、この程度の甘い耕し方では通用しないのであろう。
最後まで読んで頂き、感謝申し上げます。
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投稿者 :堀田信弘: 2009年6月22日 05:02