【堀田信弘の今日の語録】 『この会社は、きっと伸びるだろうな。他の会社と違うことができること自体に可能性を秘めているから。』


企業経営について  「活・喝・勝」


経営依存症の悲劇

パチンコをやったことがあるか。私は、学生時代、パチンコにのめり込んだ。最初の100円だけで、フィーバーが揃い、そのことが最高の出来事として記憶に残る。

これが最後の100円だ、と念を込めて投入すると、何と、一発大逆転の大当たり。助かったと、これまでの負けを取り返す。

もういい加減に止めようかと思ったその瞬間、連チャン連チャンの大当たりで、笑いが止まらない。

何てことが、何度かあった。

しかし、大半は違う。

最初の100円で出るはずがない。

最後の100円で終えるつもりが、さらに1万円も費やす羽目に。

そこで、止めとけば何千円かの儲けだったのに、全て失うことに。

というようなことのほうが実は遥かに多いものである。

ちなみに、ギャンブルには全て、胴元が運営するための取り分(テラ銭)というのが必ずある。これがなければ運営できない訳だから、単純に言えば、最低でも誰かがこのテラ銭分を負担するということになる。

パチンコの場合、テラ銭は、20%くらいと言われている。つまり、均一な確率で成り立っているとすれば、誰もが1万円を使えば、戻ってくる可能性は最大で8千円しかないということで、全員が2千円負ける可能性があるギャンブルということになる。

ところが、ある人が1万円負ける可能性があるから、ある人は1万円勝つ可能性があるのである。短期的に、勝つこともあれば負けることもあるということで、長期的に見れば、必ず20%づつやればやるほど原資が減って行くのである。

ギャンブルをする人は、そんなことは百も承知だが、自分だけはその対象にならないツワモノだと誤解する。自分はプロだからと、大きな誤解をしている。いや、正確に言えば、それは誤解ではなく、単なる病気だ。

病名は、ギャンブル依存症。

これは、本物の病気である。だから、病気を自覚したら、病院で治療を受けなければ治らない。

この病気の特徴は、脳との関係にある。

ギャンブルに勝ったことがない人は決してかかることのない病気。それは、ギャンブルに勝った瞬間、脳内に大量のアドレナリンが分泌されるからである。

アドレナリンは、神経伝達物質で、自律神経のうち、興奮した時に強く働く交感神経を高める物質である。つまり、脳内麻薬と同じ。病みつきになってしまう。

実は、この現象、決してギャンブルだけではない。

例えば、ジェットコースター依存症というようなものもあるそうだ。

今まで経験したことのないようなスリルと興奮を感じると、あれほどまでに恐ろしかったのに、誰よりも再び乗りたいと強く感じ取ってしまう人がいる。つまり、恐怖を感じても、再び平穏な世界に無事に戻れる訳で、安心して恐怖を感じることが、病みつきになるというものである。

これに似たのが、経営者にも言える。

ジェットコースターのように、上り下りを感じ、それが依存症となって、いつの日にか当たり前となってしまう。

その結果招くのは、パチンコ依存症と同様に、そこから自力では中々這いあがれないということ。

あと100万円借りられれば何とかなると、自転車操業が当たり前となり、最悪の状態でありながら、偶々受注の話が舞い込み、まだ何とかなるかもと、過去の上りに期待して、下がることをできるだけ考えないようにする。

それで何とかなってきたから余計に厄介だ。

ならば、何を持って最悪の事態なのか、もはや自力では認識できない状態である。

経営が健全な時は、誰だって、「最悪の状態になる前に何とかしようとする」と言う。しかし、最悪の状態でありながら、最悪の状態が認識できないのだから、実際には、その時を迎えても、何ともならない。

つまり、タイムリミットが近づいているのにも関わらず、何とか輸血を続けることで、ラスト100円で一発大逆転の大当たりがでるまで待とうとする訳だ。

しかし、この現象は、パチンコ依存症や、ジェットコースター依存症のように、もはや過去のアドレナリンによって、交感神経が異常になってしまっているのだ。自力ではなく、他力を借りなければ、抜け出す、つまり再建できない状態である。

これを抜け出すには、友を持つことである。

そして、同時に、失うべきものと、守るべきものを早急に精査し、意地やプライドをまず何よりも先に捨て去ることだろう。

私もかつてパチンコにはまった人間である。

そして、今、経営者として、いつでも私が、意地やプライドをまず何よりも先に捨て去る側の立場になってもおかしくない状態にいる。私だって、自転車操業だと言われても決しておかしくない。

だから、私は友を持ち、友に助けられ、友を助けたいと願っている。

私を救ってくれる友がほしいから、私は、いつも同じ悩みを持つ友を探して止まないのである。

私の知人が、首を吊ってから、4年が過ぎた。

もう二度と、4年前の『パチスロの誘惑』で書いたようなことは起きないように願いたい。

そして、それは経営者にも言えること。私は、経営依存症の悲劇だけは見たくない。経営者を辞めても、人間まで辞める必要はない。生きてさえいれば、やり直しができる。

所詮、人間なんて、生きているだけで儲けものなんだ。それ以上、無理して、儲けなくて良いんじゃないか。

最後まで読んで頂き、感謝申し上げます。

毎朝6時に社内朝礼ブログをこちらで公開しています。こちらもご覧頂けたら幸いです。

この内容に共感頂けたらこちらをクリックして下さい。ありがとうございます。

投稿者 :堀田信弘: 2009年7月 4日 05:15