【堀田信弘の今日の語録】 『この会社は、きっと伸びるだろうな。他の会社と違うことができること自体に可能性を秘めているから。』


世の中について  「活・喝・勝」


幸福度とリーダーと

地球幸福度指数(HPI)は、平均寿命、生活の満足度、地球環境との共存の3つの要素で算出されるという。先週、イギリスのニューエコノミックス財団が、最新の地球幸福度指数を発表した。

発表したイギリス自身は、世界143カ国中、第74位だった。それに次ぐ第75位だったのが、わが日本である。

今回、アジア圏で唯一、第5位となり、初のトップ10入りを果たした国がある。昨年に続きアジアで連続第1位となっているこの国は、平均寿命が73.7歳、生活の満足度指数が6.5とされたベトナムである。

アジアでは、フィリピンが14位、インドネシアが16位、ラオスが19位、マレーシアが33位、ミャンマーが39位であった。

今回、143カ国中、第1位となったのは平均寿命が78.5歳、生活の満足度指数が8.5、消費するエネルギーの99%が再生可能な資源だとされた、中央アメリカに位置するコスタリカ共和国。

コスタリカ共和国は、1948年に憲法で軍隊を廃止した世界初の国として知られている。また、ラテンアメリカでは、最も民主主義の伝統を持つ国の一つである。

コスタリカの選挙制度は、特定地域の有権者との癒着を防止するために、同一選挙区における連続立候補を禁じている。

日本では、表面だけを真似した小選挙区と比例区とを選挙区ごとに交代するコスタリカ方式というのがあるが、コスタリカの有権者との癒着を防止するために主旨とは全く異なる。

「中南米の花園」と呼ばれるコスタリカには、地球上の全動物種の約5%が生息するとされ、国土の1/4が国立公園や自然保護区に指定されている。

平均寿命、生活の満足度、地球環境との共存で算出される地球幸福度指数が、本当に人間の幸福度を表しているかどうかは、ここで議論するものではない。

一つの指標として、平均寿命、生活の満足度、地球環境との共存を持って、幸福度を表そうという試みには意義がある。その意義とは、他の指標をもとに幸福度を表す別の方法も含め、幸福とは何かを投げかけるきっかけになるからである。

現に、日本が第75位となったことに対し、恐らく多くの日本国民は、違和感を感じないであろう。地球幸福度指数にある平均寿命は世界第1位でありながら、かつ経済大国第2位でありながら生活の満足度は極めて低い。

世界に誇るエコカーへの取り組みなど、地球環境との共存についても高い技術力がありながら、幸福度にはつながらない。

改めて、幸福とは何だろうか。

ニューエコノミックス財団は、毎年、地球幸福度指数をもとに、国別の順位を発表している。この結果を知った国民や、その国の政治家は、そこから何を感じ、何を考え、何を行動しようとするのだろう。

だが、そもそも幸福とは、国というレベルだけで測れるものだけではない。日本国内だけで考えても、都道府県で順位を付けることも可能だし、同じ県であっても、市町村別に順位がつくことであろう。

参考までに、大阪大学が2006年に調査した都道府県別の幸福度調査というのを見つけた。

そのデータによると、第1位は兵庫県、2位が熊本県、続いて、岡山、滋賀、佐賀、福岡と続く。逆に最も低いのは、第47位の徳島県、鳥取、高知、石川、青森と続く。

1位兵庫県の幸福度6.9に対し、最下位の徳島は5.5と、約1.3倍もの開きがある。

ちなみに、この調査では、所得との因果関係についてもデータを出している。

最も所得が高いのは、東京都で290万円。最下位の沖縄県は130万円で、約2.3倍もの開きがある。しかし、東京の幸福度6.5に対し、沖縄の6.4とではほとんど差がない。

幸福度で一位となった兵庫県は、所得順位は6位、最下位となった徳島県の所得順位は、40位である。最も所得が低い沖縄県の幸福度は、9位だ。

地球幸福度指数によって順位付けされた国を見ても、先進国の順位は低く、途上国の順位が高いのが判る。

少なくても、豊かさと幸福度は必ずしも一致しないというのが判る。

このことは、どんなに小さな企業でも、従業員が生き生きとしている会社もあれば、どんなに大きな上場企業でも、やる気を感じない会社も多いとも言えよう。

さらに企業における従業員の幸福度は、規模や所得だけではない。また、同じ企業であっても、ある部門と、別の部門での幸福度は異なるのである。

さて、振りかえって、このブログは、リーダーを論ずるところである。

企業のリーダーが、景気や国のせいにしても始まらない。例え日本の国が、世界で75位だとしても、その75位の中で、トップとなる県もある。それと同様に、景気が悪くても、国政が体たらくでも、伸びている企業もある。

部門のリーダーが、自分の部門の幸福度が低いことを、社長のせいにするのには、あまりにも短絡的であり、無能である。そもそも、社長のせいにした時点で、そのリーダーは、自分の部門の幸福度を上げることができないばかりか、仮にその人が将来社長になったとしても、決して従業員の幸福度を高めることができないであろう。

なぜなら、そのようなリーダーは、きっと景気や国のせいにするからである。

私は、毎週1回開かれる各事業部ごとの会議に出席している。元々、私が、各事業部に、会議の開催を求めたものだ。各事業部長の判断で、各事業部ごとに出席する対象者が異なっているのも面白い。

会議に参加すると、その部門の幸福度を僅かながら感じることができる。

国や都道府県の幸福度が、所得などと関係していないのと同様に、部門においても、所得は関係ない。言い換えて、関係があるという言い方をすると、最も所得が低い部門のほうが、活気がある。

逆に言えば、一生懸命であり、何とかしようという意気込みがある。そのような背景には、自分達が行っているビジネスに対し、可能性を持っていることを肌で感じているようである。

訂正すれば、所得が低いから活気があるのではなく、所得に関係なく、可能性を感じながら、上昇思考を共有していると言えよう。

全部員が必ず毎週土日出勤しているその部門の会議では、「仕事が楽しい」と言っていた。

今回、アジアで第一になったベトナムにある子会社でも、社員に話しかけると、「仕事が楽しい」と答えてくれる。

改めて、幸福度とは何であろう。

リーダーが行う幸福度を高める方策とは何であろう。

私は、「楽しい」がキーワードのような気がする。しかし、それは「楽」なことではない。苦しいことでも、楽しくできる環境を与え、将来に可能性を感じさせることではないだろうか。

最後まで読んで頂き、感謝申し上げます。

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投稿者 :堀田信弘: 2009年7月18日 05:20