【堀田信弘の今日の語録】 『この会社は、きっと伸びるだろうな。他の会社と違うことができること自体に可能性を秘めているから。』


世の中について  「活・喝・勝」


ピュアに生きる難しさ

アパートの窓から下を覗いたら、自分の自転車を盗もうとしている男がいるとしよう。慌てて追いかけたが、見逃してしまう。

近くを探したら、ある家から自転車が見つかった。自分の自転車に間違いない。家の中の様子を覗うと、そこにはあの男がいる。犯人に間違いない。

そんな時、あなたならどうするか。

ある日、私は、こんな質問をされた。

私は、「当然奪い返す」と答えた。

「残念。それはできません。」

と答えられた。

「堀田さんが、感情的になるのも判るし、自分のものを自分自身で取り戻すという気持も良く判る。でも、それができるかどうか、考えて見てからでも遅くないでしょう。」

「えっ」と私は、答えに詰まった。

「それでは、落とし穴に落ちたということになりますね。堀田さんらしいかも知れません。でも、それも堀田さんの良いところかも知れませんが、普通の人は、とっさにそのような行動はしないと思いますよ。普通の人は、警察を呼ぶと思います。」

これは、自力救済と言って、民事法で、あるいは刑事法の自救行為として禁止されているそうだ。

簡単に言えば、権利を侵害された者が、司法手続によらずして、自分で権利回復を果たそうとすることはできないということである。

例えば、アパートの大家が、家賃の滞納が続いているという理由で、強制的に住人を追い出すことはできないということだ。正当な司法手続きを経なければ、追い出せないのである。

法律とは不思議なものである。

現在、わが社では、このようなご時世から、4件もの代金未回収案件がある。1件は、貸した金が返せないというもの。もう3件は、こちらへの支払が滞っているものである。

そのうち、最も納得できないのが、元銀行員が社長だった会社の未払いである。

上場まで目指していた会社だ。さすがに元銀行員とあって、法律的に払わなくても良い手口には詳しい。

我々は、数ヵ月前、簡易裁判を起こした。

すると、当日、相手は欠席した。

裁判官に「毎月1万円づつ支払う」との手紙を残し、姿を現さなかった。

裁判官は、「相手が支払う意思を示しており、これ以上支払う力がないのだから仕方ない」と言う。

それから数カ月経ったが、1円も払われていない。

この国の法律では、借りた金は、返す意思さえあれば、返さなくても良いのだろうか。

その後、その社長の居所は、不明となった。もう、どうしようもない。

もう2件も、似たようなものだ。

売掛金は、代表者本人の個人保障もなければ、個人担保の要求できない。泣き寝入りしろというような構図になっている。

冒頭の自転車なら、司法手続きをすれば、やがて自転車は正当に取り戻せよう。しかし、お金は、簡単には取り戻せない。相手が払うつもりがあっても、払うお金がないのだから、毎月1円づつしか払えないといえば、それまでだ。

しかも、会社の場合、会社という法人に責任があっても、代表者個人には関係ない。もし、この時点で代表が変更となれば、会社は払う責任は負っても、個人から取り立てる訳にには行かないのである。

そうなると、新しく代表となった社長も、会社に金がなければ、毎月1円づつ支払うと言えば、それまでである。

自分だって、もしかするとそのような立場になるかも知れないから、大きなことは言えないが、世の中、そんなものだと諦めるしかない。

貸した金が戻ってこないのは、理不尽であるが、返す金がないのだからある意味仕方ない。

それよりも私が納得できないのは、冒頭の自力救済というものだ。

ないから返せないのではなく、目の前に盗まれた自転車があっても奪還することはできないのである。同じ理不尽でも、それはないだろう。

私が、法律を勉強しておらず、教養不足と言われるのは、それはそれで仕方あるまい。

だが、自力救済はできないということを、犯人が認識したうえで行っているとしたらどうだろうか。

同じく、司法に委ねれれば、お金を返す意思さえあれば、1円づつ100年かかっても良いということを、認識したうえで、返済を踏み倒そうとしているとしたらどうだろう。

法を逆手に取ったこのやり方こそが納得行かないのである。

だが、今日だけは、少しだけ頭を冷やして考えてみることにした。そんなことが起こり得るということも想定できなければ、経営者としては失格だということなのだろう。

つまり、理不尽であろうがなかろうが、相手のほうが上手というだけのこと。

こちらが未熟で、馬鹿を見たということである。

そう考えれば、安い勉強代だ。共倒れさせられなかっただけでも幸いだ。

それにしても、世の中、狂ってる。それを前提に、生きぬかなければならないのか。ピュアに生きるのは、疲れる世の中だ。それを知っただけでも、知らないよりは、生き残る可能性を得た気もした。

世の中、綺麗ごとだけでは、こちらが落とし穴に落とされてしまう。

最後まで読んで頂き、感謝申し上げます。

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投稿者 :堀田信弘: 2009年7月20日 05:23