今、わが社には、営業系、事務系、技術系を含め、15名ほどの役員、管理職がいる。彼らの特性を分析して見ると、4つのパターンに分類できる。
一つ目は、メールでのやり取りが多い人。次は、電話や直接会うことを重視する人。そして、メールも電話も少ない人、最後に、両方使い分けが出来る人。
その中で、メールも電話も少ない人は、話にならない。はっきり言って、管理職としての能力が感じられない人だ。ここでは、そんな人は相手にしない。
問題なのは、メールでのやり取りが多い人と、電話や会うことにを重視する人。どちらも極端な人たちである。不思議なことに、その両方ができる人は、極めて少ない。
そこで、この極端な人を分析してみた。
メールが多い人は、電話や会うことが苦手だ。苦手だから、メールになる。一方、電話や会うことを重んじる人は、はっきり言ってメールを書くのが苦手だ。
このようにして見ると、人は得意な方を多用し、苦手な方を避けるのが、手に取るように判るであろう。
メールが多い人は、技術系、事務系の人がほとんどである。一方、営業系の人は、電話や会うことが多くなる。このように分類されるのは、極自然なことであろう。
では、なぜそれが問題なのか。
それは、コミュニケーション・ツールとしての認識に欠けているということである。
メールが多い人は、できれば何でもメールで済まそうとする。電話や会って話すことが厄介に感じるからだ。また、営業系の人は、すぐに電話で済まそうとする。メールを打つのが厄介だと感じるからだ。
つまり、両方が厄介と感じるところに問題が起きるのである。メールで良さと悪さを認識していない、あるいは電話の良さと悪さを認識していないのだ。
これを、管理職だけでなく一般社員まで広げると、もっと顕著化する。
私は、営業に「初めて会った人には必ずメールでお礼を出せ」と指示している。
しかし、これができる営業は、少ない。彼らの中では、メールを出すのが面倒なのだ。もし、メールがない時代だったら、手紙でもハガキでも出すような姿勢が重要なのだが、強要しても出来ないのだから、余程、面倒なのだろう。
私は、営業に「電話で了解を得たら必ずメールでそのことを返せ」と言っている。
それは、決まったことを証拠に残すことであり、言った言わないとならないためである。さらに、決まったことを上司と情報共有するからでもある。ところが、これも出来ない。挨拶メールが出せないのだから、電話で済んでしまったことを、わざわざメールで返すようなことが出来るはずもない。
また、その逆に、技術系、事務系のほうは、何でもメールで済まそうとする。何でもメールで出すと、こちらにとって都合の悪いところまで証拠に残ってしまう。物事には、証拠に残したり、残さなかったりすることがあるということを理解できない。簡単に事務的に捉えているのだ。
そうして、会話によるコミュニケーションを避ける傾向があるから、メールだけでは表現できないところが伝わらないため、文章だけによる人格が独り歩きし、信頼関係作りが困難になることがあるのだ。
なぜ、このように偏りができるのだろうか。人の特性、性格だから仕方ないと言えばそれまでだが、コミュニケーション・ツールとしての違いを認識できなければ、管理職としては、仕方ないでは済まされない。
ここで分類したように、職種による傾向もある。そのことも認識し、その上で、自分の性格も認識し、管理職なら、苦手であろうが、面倒であろうが、意識して注意するようにしなければ、その下の部下も同じことを行うようになろう。
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投稿者 :堀田信弘: 2009年7月28日 05:27