【堀田信弘の今日の語録】 『この会社は、きっと伸びるだろうな。他の会社と違うことができること自体に可能性を秘めているから。』


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リーダーがリーダーであるために

私は前回、「絶対に失敗は許されない、失敗したら責任を取れ。それが理解できないようなら、リーダーになろうなどと思うな。」と『強くなければリーダーではない』で言いきった。

だが、私は、一方で、「成功を促すような組織風土にするには、失敗の中から何を学ぶかを考えさせ、リーダーは、叱ることと怒ることの区別をして、失敗を歓迎できる気概が必要である。」と『失敗は成功の元』の中で述べている。

一方では失敗は許されないと言い、一方では失敗を歓迎しろと言う。

この二つの違い、この違いを理解すること、私はそのために、このブログを書いていると言っても過言ではない。さらに言えば、如何にその違いを理解できないものがリーダーとなっているのかを知ってもらうためでもある。

この二つの違いは、端的に言えばリーダー自身の気概と、リーダーが組織に取るべき姿勢である。

この違いを野球の監督に例えてみよう。

監督の采配ミスは許されない。監督が判断を誤り采配ミスを起こせば、チームは負ける。負ければ、その理由が、選手の単純なミスであれ、その選手を起用した監督の采配ミスなのである。だから、負けたら、能力がない監督として責任を取るのが当然である。監督には、負けても良いなどいう甘い考えは絶対に許されず、絶えず勝ち続けることだけが求められるのだ。

一方、監督には、選手たちを育て、選手が選手としての持ち味を十分に発揮できるようにする役目がある。選手が自分の本領を、本番の試合でも発揮できるように練習させ、その出来具合を見て、監督は選手を抜擢、起用する。起用された側の選手は、監督の期待に応え、監督の采配、指示に従って確実に遂行できるようにしなければならない。

そのために監督は、練習を通じて、多くの失敗を経験させる。練習中に失敗を経験させ、その失敗の原因を分析して、同じ失敗をしないようにすることで、本番では同じ失敗をしないようにする。失敗を繰り返すことで、その数の分、失敗から学ぶものがあり、成長する。失敗をクリアーし、同じ失敗をしなくなったものが監督の信頼を獲得する。

誰でも、最初は失敗する。監督の役目は、その失敗を肥やしにさせ、失敗から気付きを与え、失敗から成功を導かせる。

さらには、本番の試合前、監督は、これまでの練習の成果を十分に発揮できるよう、失敗を恐れるなと激を飛ばす。俺が全ての責任を取るから、思いきってやれと叱咤激励をする。つまり、失敗しても良いと安堵を与えることで、失敗しないようにするのだ。監督の本心は、失敗してほしくないことだが、失敗するなと言って委縮させ、折角練習した成果が本番で発揮できないようでは困ると考える。

これが監督としての、監督としてあるべき自身の気概と、監督が組織内にいるチームメンバに取るべき姿勢の違いである。

選手は、監督を見て、監督が責任を取ってくれるならと、監督を信じ、監督の指示に従って、自分の力を発揮することだけを考えて思いきって戦おうとする。

だが、私がここでこうして語りかけている相手は、選手ではなく、監督、あるいは監督になろうという人たちだ。

選手ではなく、監督だということを間違わないでほしい。

どうやら、選手時代の立場から抜けきれない人からは、そこまで厳しく言わなくてもと、選手と同じように扱ってほしいとの愚痴が聞こえそうだ。

だから、私はその甘えがあるようでは駄目だと言っているのだが、どうも選手から監督になったとして自分の考え方を変える必要はないと自信をもっている人がいる。

それがポリシーだと。それなら、それでも良かろう。だが、私は少なくてもそのような上司の部下にはなりたくない。組織の長として、責任も認めず、失敗しても平気な人間の下で、私なら働きたいとは思わない。ただそれだけだ。

思うか思わないかは人それぞれだから、私の論が唯一のものであるはずもなく、それぞれの論が自分自身で正しいと思えば良いであろう。但し、どうしても知っておかなければならないことは、上司の論が正しかろうが、間違っていようが、その部下は上司の采配を信じ、自分の力が発揮できることだけを考えていて真剣だということだ。

その真剣さを失望させるも、報われるのも上司次第だということである。失望し、報われなければ、部下は上司の元を去るという選択をせざる得なくなるのである。

上司は部下を一方的に切り捨てることができるだろうが、有能な部下が無能な上司の元を去らなければならなくなるというのは、悲しいことだ。

だから、私は、断固として責任も認めず、失敗しても平気な人間をリーダーとして認める訳にはいかない。

私はこれからも、リーダー自身の気概と、リーダーが組織に取るべき姿勢の二つがあること伝えて行きたい。それは、私自身がリーダーとして道半ばであり、リーダーになるということに終わりはないからである。それを自分自身に判らせるために、私自身に言い聞かせているのである。

リーダーがリーダーであるために。

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投稿者 :堀田信弘: 2009年10月16日 05:08