【堀田信弘の今日の語録】 2010年9月 3日 『 左手と右手は、矛盾だらけだが、決して片方が無くなっても良いと言うものではない。矛盾の両輪は、私の目指すところ。』


企業経営について  「活・喝・勝」


そんな会社ぶっ潰したほうが遥かにマシだ

私は、学者でもないし、頭脳明晰でもない。こうしてブログを書いているが、私は、評論家でもなければ、これで生計を立てている訳でもないので文筆家でもない。

私は、実業を営む単なる経営者であり、いつまで経っても真の経営者になりきれない永遠に発展途上の経営者だ。

経営は、理屈ではない。屁理屈だろうが、MBAを取得した経営学士だろうが、結果を出さなければ、どんなに立派なことを言っても大きなことを言っても、あるいは論理的なことを述べても全く説得力もなければ、意味もない。

経営者の役目は、戦略や戦術を考えるだけでなく、その戦略やら戦術が、自らの組織を持って機能させ、そして、かつ機能するだけではなく、結果を出さなければならないのである。

屁理屈的な言い方をすれば、結果を出すと言うことは、その結果を出すための方法が正しいだとか卑怯だとか、どのようにして編みだしたとかという頭の中の世界は二の次でどうでも良いのである。乱暴な言い方かも知れないが、結果を出せない人が、何を言っても綺麗ごとに過ぎないのだということである。

私は、経営者として、そのことは当然であり、それに対する反論は全く意味がないと思っている。だから、結果至上主義を否定する訳ではない。むしろ、そんな当たり前のことで議論をしている暇があるのなら、さっさと結果を出すために走りだし、方策を考えたほうがまだマシである。

しかし、それを前提にしても、問題なのは、結果の中身である。

結果の中身は、それぞれによって価値感が違うから、ここでもどれが正しいだと議論しても始まるまい。始まらないのだが、私にとっては、例え結果を出したと言っても、その中身がどんな内容の結果かによっては、始まらない議論だとしても、認める訳に行かない。それは、もう、感情的な世界だから、正しいとか違っているとか言われても、私は、一歩も譲るつもりはないし、面倒な議論をするつもりなど毛頭ない。

先日、私は、ある年配の社長と話をした。

開口一番、「私は、20年間、無借金経営でここまで来ました」と自信タップリに話を始めた。

何とも羨ましい話しだ。しかし、私は、この言葉を聞いて、その後の話にあまり期待しなかった。いや、正確に言えば、その社長に興味を持たなかったというほうが正しいだろう。

その社長にとって、最大の結果は、20年間、無借金経営を継続できたということである。私は、そのこと事態を否定するつもりはないし、立派だとも思うが、私は、経営者として尊敬するに値しない。

「それならお前は、20年間、無借金経営を継続できるのか」と、結果至上主義的な表現で、反論する人もいよう。

だが私は、「出来ない」と自信を持って答えるだろう。「だからどうした」とも続けるだろう。

私にとっては、私の考える経営が、20年間、無借金経営を継続することが目的ではないから、出来るも出来ないもない。目的でないということは、私の求める結果ではないのだ。求めるものでないのだから、そもそも鼻からやらないのであって、それが出来なくても当然である。だから、それがどかしたか。

私にとって、経営とは会社を大きくすることが全てではないが、少なくても、現状維持を図り、リスクを避け、成長を求めない経営など考えられない。だから、成長のためなら、投資も必要だし、リスクを負う覚悟も必要なのである。もし、仮に、大きくすることと、しないことのどちらか一方の何れかを選択しろと言われたら、大きくしないという選択をするような経営者は、断じて経営者ではないと思っている。

また借金しないより、するほうが良いなどと言うことを言うつもりもない。そして無借金を批判するつもりはない。私が認められないことは、無借金を継続することが全ての結果であり、それを目的のような経営にすることである。だから、無借金経営でも、どんどん成長している企業もあるし、常に新しい挑戦をしている企業も当然あり、それらとは違うのだ。

だが、その社長の会社は違った。

何度も繰り返すが、経営とは会社の大きさ、規模を追求することだけが経営ではない。そのことを予め前提とするが、だからと言って、 20年間で20名の社員のままずっとそれで良いというのは、私には理解できない。

どうやらその会社、5名ほどで創業したらしい。技術者だった社長を筆頭に、全員が技術者集団だ。創業当初から、元の会社と喧嘩別れをし、そのまま顧客をものにした。つまり、借金どころか、資本金すらほとんど無くても、最初から顧客をもったまま独立したというIT業界特有のパターンである。

何の苦労もせず、前の会社の時の実績を武器に、創業したその月から売上があった。まぁ、それはそれで私にはない能力なのかも知れないが、私ははっきり言って好きじゃない。直観的に好きじゃないと感じたのだから、その社長に興味を持たなかったのである。そればかりか、そんな社長には反感の気持ちを持つほうが強いかも知れない。

その後、その会社は利益が出た分で、一人採用し、利益がでることに合わせ、採用をしていった。そして、採用した人間を顧客先に常駐させる。やがて常駐先から戻されれば、辞めさせる。それを繰り返すことで、大きくもせず、20年間継続したという訳だ。

何だかんだ言って、借金したくないのは、リスクを取るのが嫌なだけではないか。あるいは、借金しなくても良い体制を築くことこそが経営であり、社長だけが生き延びることが、すなわち会社が生き延びることと考えているのではないか。現に、創業時のメンバは誰も残っていないのだろう。

これが経営だろうか。

これが結果だろうか。

結果が全てではあるが、少なくても私の求める結果ではない。

彼にとって、戦略とは何か。戦術とは。

私は冒頭で、結果を出した人にとっては、その結果を出すための方法が正しいだとか卑怯だとか、どのようにして編みだしたとかという頭の中の世界はどうでも良いのである、乱暴な言い方かも知れないが、結果を出せない人が、何を言っても綺麗ごとだということであると述べた。

そして、結果至上主義を否定する訳ではないとも言った。

しかし、私は、リスクも取らないし、教育もしないような、女を紐のように操り、働かせ稼がせたお金で飲み食いし、自分だけ生き残れば良いというようなやり方は、経営結果ではないし、経営しているとは思えない。私は、誰が何を言おうと、そんなやり方や、考え方を断じて、認めないし、もし、私がその彼の部下だったらとても許せない。

そして、同時に、私の部下には、そのような人には絶対になってほしくないと思っている。

私は、学者でもないし、頭脳明晰でもない。そして、有能な経営者でもない。ただ、私は、結果を求められる立場であることは自覚しながらも、絶対に自分のみを保身して、それをなお且つ自慢するような経営者には絶対になりたくない。

それなら、結果などどうでも良い。20年間、無借金経営で、投資もしない成長させないで維持するだけなら、むしろそんな会社ぶっ潰したほうが遥かにマシだ。

最後まで読んで頂き、感謝申し上げます。

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投稿者 :堀田信弘: 2009年10月20日 05:09