長所と短所は、表裏一体だ。短所を直し長所を伸ばすというのは言うが易い。短所を直すことと、長所を伸ばすこととでは、その労力も異なるし、成果も異なる。
一般的には、短所を直すことよりも、長所を伸ばすほうのが、遥かに人は伸びると考えられていることだろう。だから、短所を直すことよりも、それを裏から見て、長所を引き伸ばすことで、短所をカバーするという考え方である。
直すということと、伸ばすということとでは、根本的に考え方が違う。
私は、教育者ではないが、私の父は教育者だった。身近に教育者の姿を見ながら育った私だが、家の中と外との間で矛盾を感じていた。
それは、学校における教育と、家の中の躾とでは異なるという点である。
様々な環境で育った複数の子供たちを教育する立場と、自分の家庭で育てる子供への躾とでは違うのだ。私の父は、学校では伸ばすを優先し、家庭では直すを優先されたように思う。
その考え方が正しいかどうかはさておいて、私自身もそのような考え方で育ったおかげで、実は私も父親と同じ考えを持つようになった。
それは、会社の中での指導と自分自身へは異なるという点である。
私は、私自身に対し、伸ばすよりも直すほうを優先している。一方、他人に対しては、直すよりも伸ばすほうを優先している。
その理由は、実に簡単である。
はっきり言って、他人の短所など直せるはずがないからである。自分自身で直そうとする気持ちが生まれない限り、周囲からとやかく言われても、直りやしない。また、何よりも、直すという行為に他人が入ってくるのは気分が良いものではなく、言う方も言われるほうも不愉快である。
だが、私の本音は、誰しも、自らが直すということを意識しなければいけないと思っている。他人のことはさておき、自分自身に対し、良いところを伸ばすだ何て言っているようでは、いつまで経っても成長しない。
もっと言えば、長所を伸ばすことで短所をカバーするという考え方を自分自身に当てはめるというのは、短所に目をやらず、勝手に思い込んでいる長所でカモフラージュするようなものである。自分が短所に目を向けないで、誰が短所を指摘してくれるのか。
長所を伸ばすという考えは、面倒で手間も時間もかかる短所を直すという行為を放棄するようなものなのだ。
私は、弱点や短所を知る、そして、それを強みや長所に変えて行く。これは、私自身がいつも意識していることだ。いつも、いつも意識しても一朝一夕には直らないのが短所であることを強く理解している。
反省しても反省しても直らない、これが短所である。それでも、それを意識しているのと、していないのとでは、雲泥の差である。
例えば私は、短所を意識し、それを何とか克服するようにすることで、長所のようにカモフラージュすることに成功している。この考え方は、長所を見せることで、短所に目が行かないようにカモフラージュすることとの正反対の考え方だ。
その一つが即断即決である。
私は以前、『即断即決と熟慮断行』の中で、『本来、即断即決と熟慮断行とは、相反するように思われているが、私はそうは思わない。それは、即断即決とは、思いつきや勘、勢いで当たるも八卦で答えるのとは違うからである。私が、即断即決を誤解している人が多いというのは、即断即決という極めて困難で、並大抵な能力が必要だということを全く理解していないということである。』と書いた。
私は、即断即決を、思いつきや山勘、勢いで答えることではないことを知っている。だから、普通ほどの能力では、即断即決など不可能に近いと思っている。それと同時に、私は、頭脳明晰でないから、瞬時にして、あらゆる可能性を見極め、それぞれの組み合わせに対して、リスクをリターンを論理的に一気にはじき出すというような能力を持ち合わせていない。
つまり、私は凡才そのものであり、かつ、それだけでなく、どの案が良いか直ぐに迷ってしまう優柔不断な人間なのである。
その証拠に私は、感情的に衝動買いするようなことはなく、じっくりと考え、比較して買い物をするほうである。
これは、経営者である私にとって、最大の弱点であり、直さなければならない点であると、考えている。経営者が、優柔不断で、即断即決できないようでは、話にならない。
そこで私は、あたかも即断即決ができているようにするため、様々な引き出しを持つようにしている。
そのための時間が朝だ。私は、朝起きると、一日のシミュレーションをする。その中で起こり得ること、会議の内容、商談状況など、一つ一つのイベントに対し、それぞれ最低でも3つほどの考え方を持つようにしている。そして、その3案を比較し、それぞれの問題点を見つけ、最も良いと思われるものに対しても、自ら反対意見をぶつけ、それで本当に問題ないかどうかと熟慮する。
それをできれば数日先のことまで考えるようにし、私の頭の中に想定範囲という引き出しを設けるのだ。後は、その場面で、あたかも即断即決しているかのように、引き出しから考えた内容を引っ張りだす。
これを繰り返すことで、事前の熟慮断行は、即断即決となり、弱点が長所のように振る舞えるのである。
私が知ってほしい点は、私がどうこうしているということではない。
リーダーは、部下に対し、短所に目を向けるより、長所に目を向けろというのはよろしい。だが、リーダー自身は、自分の長所に自惚れるのではなく、積極的に短所に気付き、少しでも改善するようにすることである。そして、短所を直すことはそう簡単なことでないことを痛感し、長期に渡って、何とか克服するための工夫をするべきである。
もしリーダーが、私のように自分自身で優柔不断だ、あるいは即断即決ができないと自覚しておきながら、それを放置したらどうなるか。優柔不断なリーダーがいて良いはずがないであろう。
そしてもう一つ知ってほしい点は、自分が自分の長所と思っている点でも、他人から見て対して優れていないということが山ほどあるということである。特にリーダーたるものは、上には上がいることを知り、自分の長所など大したことがないと見直すことである。
即断即決のようなものは、まさにそう言えよう。即断即決を、思いつきや山勘、勢いで答えることではないことを痛いほど思い知っていなければ、単に考えが浅く、軽く、後からそんなどうでも良いような考えは一瞬で否決されてしまうということだ。もし、即断即決が、簡単なことではなく、普通の能力では到底なしえないと知っていれば、それに対する対処を事前にしなければならないことなど、言われなくても気がつくはずである。
それになのに、自分は即断即決ができると、長所のように捉えているようでは、いつまで経っても大した能力がないということに気付かない。そして、思いつきや山勘、勢いだけで答えていることが即断即決だと思い込んでいる間は、自分が長所だと思う反対に、相手からは考えが浅はかだと、短所として思われていることにも気付かないであろう。
そう、リーダーというのは、自分の短所を知り、長所をまだまだと思う姿勢がなくては務まらないのである。リーダーが、リーダーとして振る舞えるようにするためには、誰からか指摘されて気付くのではなく、自分自身で気付かなければならないのである。それを逃げずに、克服しようとするのがリーダーではないか。
リーダーよ、短所を直せ、長所を見直せ。
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投稿者 :堀田信弘: 2009年10月22日 05:13