【堀田信弘の今日の語録】 2010年9月 3日 『 左手と右手は、矛盾だらけだが、決して片方が無くなっても良いと言うものではない。矛盾の両輪は、私の目指すところ。』


企業経営について  「活・喝・勝」


失っても元々ではないか

私は、これまでも、これからも、いつでも事業譲渡や買収も、合併も考えている。それは、私にとって、企業そのものが商品価値であり、かつ永遠のものではないからである。

企業を永遠に存続させるという考えは持っていない。

企業は淘汰されるべきであって、延命を図るものではない。そもそも、仮に延命を図ったとしても、企業を延命させることなどできない。延命させようとする思考そのものが、もはや破たんの一歩を歩んでいるのである。私の考える事業譲渡や買収、合併は、自らのための延命措置ではない。

企業を商品として、その商品価値を高めるため、あるいは商品の品質または、構成を変更するための手段なのである。延命ではなく、バリューの変更である。私自身の立場や地位を守るためでも、自社の伝統や歴史を守るためでも何でもない。商品のブラッシュアップなのだ。

事業もしかりだ。

時代に合わない事業は必然的に淘汰される。淘汰されないように転換することも重要だし、あるいは淘汰されないで勝ち残る側になるのも重要であろう。しかし、勝ち残る方法について、私が自ら運営するよりも、より優秀な経営人や、豊富な資金を持っている人が運営したほうが、遥かにそのパフォーマンスを発揮でき、勝ち残る可能性があるのであれば、それは売却や譲渡を考えるべきだと思っている。

私は、これまでも事業譲渡や買収を考えてきたが、買うことよりも、売ること、すなわち譲り渡すことのほうが難しい決断が迫られることを知った。

私の僅かな経験からすれば、恐らく、譲り受けることをした経験がない人は、譲り渡すことの決断は簡単にできないであろうと想像する。私は、その両方の経験から、間違いなく譲り渡すほうのが遥かに難しい決断だと断言できる。

M&Aの担当者は、第三者だから、「今、バリューがあるうちに譲渡したほうが良い」とアドバイスするが、その担当者は、自分で運営したことがないから、軽々とそう言えるのだ。

なぜ、譲り渡すほうが難しいことなのか。

私はかつて、『失うことを恐れない』の中で、『失うことを、マイナスになると感じる。全てを失って、これで全てが終わりだと嘆く。得たものを、永遠に得続けようと考えるから、失った時のショックは大きいのである。ショックが大きいと予測できるから、失わないように守ろうとするのであろう。』と書いた。

人間は、失うことを本能的に恐れる。正確に言うと、恐れるという人は、得るまでの過程や、得た時の苦労に対し、その汗や涙の結晶を知っているから、もう一度、同じ辛さ、苦労をしたくないと考えるのであろう。あるいは、モノを大切にという気持ちと同じで、モッタイナイという心理が働き、何とか持ち続けようという欲求になるのであろう。

だから、失うことを、恐れるとまで行かない人は、言いかえれば、それほどまでに得るまでの過程や、得た時の苦労を知らないとも言えよう。あるいは、モノを大切にする気持ちが薄く、モッタイナイという気持ちが起きないのかも知れない。

私がこれから述べることは、そのような失うことを、恐れるとまで行かない人を対象にする話ではない。

私が対象としたいのは、得るまでの過程や、得た時の苦労に対し、その汗や涙の結晶を知っている人である。モッタイナイとモノを大切にすることができる人である。

その人に敢えて、私は、失っても元々だと言いたい。

私は、これまでも、これからも、いつでも事業譲渡や買収も、合併も考えている。それは、私自身の立場や地位を守るためでも、自社の伝統や歴史を守るためでも何でもない。

モッタイナイと思いながらも、失うことを恐れて、私の気持ちが守りに入ることがあってはならないからである。

得たものは、元々無かったものだ。無かったものを失ったとしても、また別の何かを得れば良い。本当に失ってはならないことは、もう一度、得るための過程や苦労に立ち向かう気力であり、勇気だ。

失うことで怖いのは、得たものがなくなることではなく、気力や勇気を失うことである。得るまでの過程や、得た時の苦労に対し、その汗や涙の結晶を知っている人ほど、再びその苦労に立ち向かうことを避けるようになるのである。あるいは、一度得た名誉や地位を手放さないのも、再び下っ端から苦労する気力を失ったからである。

失っても元々でないか。

また得るために踏ん張るのだ。その踏ん張る力があればこそ、次に得るものはもっと大きなものになるはずだ。

自らを守ろうとするな。どうせ大したものではない。そんなチッポケなものにしがみついているから、大きくなれないのだ。大きくなれないどころから、延命し守ろうとするからこそ、尚更に衰退するのである。

リーダーが、気力や勇気を失うことは致命傷である。一旦失った気力や勇気を再び元に戻すのは、無かったものを得ることよりも遥かに難しい。そして、また、無かったものを得て守り続ければ続けようとするほど、その人の気力や勇気は見る見ると衰退して行くのである。

苦労しただと。辛かっただと。過去のことじゃないか。そのことを乗り越えて、今は楽か。乗り越えられた安堵感から、過去に戻るような気がして怖いのであろう。だがその気持ちは、過去に戻るではなく、未来に向かっていない姿であることに気づけ。

失っても元々でないか。

失って行けないのは、再び、新しいものを得ようとする気力と勇気だ。その気持ちを維持するには、失う覚悟を持つことだ。私は、気力と勇気を持ち続けるために、伝統や文化も歴史も、社名も、地位も名誉も、立場も給料も、守り続けることなどしない。

それは、私自身の気力と勇気を守るという傲慢な気持ちだけでなく、失って行く人、失う人、失うせてしまう立場など、失う側に回らせることになった人へのせめてもの恩返しである。

最後まで読んで頂き、感謝申し上げます。

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投稿者 :堀田信弘: 2009年10月26日 05:14