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リーダーについて  「活・喝・勝」


怖い上司、厳しい上司

私は、自分で自分のことを優秀だ何て自惚れたころを言うつもりはない。世の中に優秀な人は沢山いるし、社内においても優秀な人はいる。問題は、何が優秀で何が優秀でないかということだ。

仕事を総じて優秀だというような人などいる訳がない。仕事の内容は多岐に渡る訳だから、セグメント単位に、優劣がつくことはあっても、全てにおいて優秀だ何てことなない。だから、仮に全てにおいてある程度のことができたとしても、セグメント全てが優秀なのではなく、どちからと言うと、誰よりは上回るというような程度のもので、人間として優秀かどうかは別物である。

そもそも社内を見渡して優秀だと思っているような人がいたら、思っている瞬間で優秀でないことを知るべきだ。仮に、身近な社外と比較してそう思っているとしても、その程度のコップの中で騒いでいるだけで、相対的に優秀と勘違いしているのみだ。

もし、野球選手であるならば、イチローのようにアメリカメジャーリーグで活躍するような世界的な人間なら、絶対的な優秀だとも言えようが、たかがサラリーマン、あるいはたかが中小企業の社長というだけで優秀だと思う時点で、無能である。

人間は、この無能さを知り、受け止め、少しでも、その無能さを改善できるかという課題に取り組めるかで差がでる。無能さを受けとめられないような人間が、成長するはずなどない。改善しようという気持ちが持てないというのなら、自分が無能であることを知らないのであろう。

だが、それを前提に、誤解しないで聞け。

上司と部下の関係について言おう。

あなたの上司が、有能だと無能だとかということは関係ない。上司というのは、自分が無能なりとも、部下の無能さを指摘し、少しでも改善すべき点に気付かせ、時には注意をし、時には具体的な指導をしたり、やって見せたりするのが仕事だ。

作成した資料を上司に見てもらう。その時に、「これじゃダメだ。話にならない、やり直し」と言う上司は、上司としての仕事を全うしているのである。

もし、何も言わず、すんなりとOKだったら、その上司は、上司として存在理由がない。部下が有能でもないのに、有能と勘違いさせ、上司の無能さを部下に知らせているようなものだ。

上司の存在は、部下から「あの野郎」と思われるくらいに、部下の無能さを指摘し、部下がそれでも何くそと乗り越えてくるような人間を育てることである。厳しい上司でなければ、厳しい環境や試練も与えることはできない。試練が与えられなければ、それを乗り越えるような有能な部下は育たないということだ。

その逆に、甘い上司、甘い職場は、居心地よく感じられても、訓練の機会を奪い、必死で、意地でも成長してやろうという野心的で、将来リーダーになり得る部下など生まれやしないのだ。

恐らくこのように書くと、ついて行けないと思う人もいることだろう。だが、私のこのブログが、リーダーのための、あるいはリーダーを目指す人に語っているのであって、ついて行けない、厳しすぎるというように感じる、普通の人向けではないことを忘れないでほしい。

リーダーを目指す人を育てるには、その上司は、その気構えが必要だということである。だから、私は、先ほど誤解しないで聞けと言ったのである。

また、別の視点から言おう。今度も誤解しないで聞いてほしい。

私は、部下に仕事を依頼する時、完璧は望まない。まず望むのは、期限を守り、70%の出来倍でも良いから、必ず自分の力で仕上げることであると言う。

その意味と目的は、二つに分類できる。

一つは、普通の人への言葉だ。

私は、はっきり言って、部下に仕事を依頼する時、多くを望んでいない。私が上司であるならば、前述したように、私の仕事は部下の作成した資料にいちゃもんをつけることである。いちゃもんというと、ありもしないことを、適当に言うとことになるから、言葉は少し過ぎるが、簡単に言えば、部下が作った資料は簡単に認める訳にはいかないということである。

もっと言えば、仮に本人が100%の出来だと思って作ったとしても、その資料よりももっと良い方策を考え、あるいはその資料の問題点を見つけてあげなければ、上司としの存在価値がないからである。

さらに、出来がどうのこうの言うよりも、自分なりに勘違いをして、100%の完璧を目指しても、結果として期限を守らないようなことになってほしくないからだ。期限を一時間も一日も遅れたら、どんなに本人が寝ないで、完璧を目指したとしても、タイムオーバーの怖さを教えなければならないのである。

しかも、そんなことをして遅れることよりも、どうせチェックされてやり直しを言われるのが必然だから、期限の二日ほど前に提出していなけば、修正が間に合わないことくらい理解できていないようであれば、その人間は期待できない。

私は、このように普通の人には、70%の出来倍でも良いから早く出せと言う。期限オーバーは許さないと言う。

しかし、リーダーやリーダーを目指す人には、そうは言わない。

私にチェックされることを前提にするな。100%完璧な資料を作成しろといことである。

リーダーやリーダーを目指す人が、いつまでも普通の人のように、どうせ必ず駄目だしをされるから、70%の仕上りでも良いんだという安易な考えを持ってはならないのである。妥協が許される状態を捨て去らなければならないのである。甘えは許されないということを思い知らなければならないのである。

どうやら、私の社内には、このブログを読んで、私のことを怖い人だとか、厳しい人だとかと思っている人が多いらしい。それは当然なこと。だから、これを読んでそのように感じる人のことを批判することもしないし、正せとも言わない。

私は、これまでも全社員にこのブログを読むことを強制したこともなく、これからもしない。私がかつて強制したのは、幹部にであって、それは私の考えを知ってほしいからである。

だが、現在は、私は強制しない。私が読んでほしい人は、リーダーやリーダーを目指す人であり、例え幹部であっても、リーダーとして適しない人や、リーダーになりたくない人に強制しても意味がない。また、仮に、現在リーダーであったり、リーダーを目指す人であっても、私の考えと違う考えを持っているのなら、途中で読むのを止めれば良い。

このブログを読んで、私のことを怖い人だとか、厳しい人だとかと想定する人が多いのは事実だ。そのような文体を用いているからそれは仕方ない。

それよりも私が心配なことは、社内の人が、私のことを怖い人だとか、厳しい人だとかと思うということは、これまで怖い上司や厳しい上司に出会ったこともなく、あるいは現在、この時点で当たり前のことを当たり前のように言うことも、厳しく指導する上司の下で働いていないのではないだろうかと危惧することである。

そして私は、そのような上司に対して、上司とは何ぞやということ繰り返し伝えていることを、いまだ理解していないということである。これは悲しい。

部下は上司によって磨かれる。上司によって鍛えられ成長できるのだ。そして、上司も、それに必死で食い下がってついてこようとする部下がいればこそ、磨かれ、成長されられるのである。

怖い上司、厳しい上司は、全てが部下のためだのだ。それを受けとめられる有能な部下をどれだけ多く育てられるかも上司の仕事だ。

最後まで読んで頂き、感謝申し上げます。

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投稿者 :堀田信弘: 2009年11月 3日 05:01