「出来ないと言っています」と報告がある。「なぜだ」と尋ねると、「判りません。難しいようです」と答える。「どうして出来ないのか考えろ」とさらに押し返すと、「私に言われても、相手が出来ないと言っているので」となる。
この人間、ハッキリ言って使いものにならない。終いには、「それなら自分で聞いてみて下さい」と逆ギレさえになる。アホか。
自分は、言われたことを伝えただけだとでも思っているのであろうか。自分が何で間に入って嫌な思いをしなければならないとでも感じているのであろうか。
もしそのように考えているのなら、そんなアホに重要な交渉を依頼した私が馬鹿だった。
しかし、それにしても交渉ができない人が多すぎる。交渉が苦手なのか、交渉をしたくないのか、交渉に負けた責任を取らされたくないのか、何れにしても、交渉ができないということは、重要なポジションにつけるはずがない。
交渉ができない営業。営業職は諦めた方が良いだろう。交渉できない営業など、泳げない魚のようなものだ。
交渉ができない人事。一方的に求職者の希望を鵜呑みにして給与を決めているのなら、人事担当など要らない。
交渉ができない経理。相手は相手の都合がある。相手から相手の都合を提案されても、それに応じる義務はない。こちらはこちらの都合を言わなければ、経理事務が煩雑になるばかりか、資金繰りにまで影響する。それでは経理をしていないも同然だ。
交渉ができない上司。部下から見て、最も頼りない上司だ。喧嘩に負けて泣いている上司の姿を見て、部下は、愛おしいと思うだろか。相手に殴られっぱなしの如く、一方的に押し付けられている姿を見て、さすが私の頼もしい上司と思うだろうか。情けないと思うだろう。
交渉ができない経営者。そんな経営者、必要あるのか。交渉しない、交渉できないのなら、経営者ではない。経営者が交渉できないで、その社内で交渉できる人などいやしない。
つまりは、交渉能力とは、何れもの職種にも不可欠な能力なのである。
さて、交渉とは何か。
私はかつて『器の大きい小さいは強硬と柔軟の使い方』の中で、次のように述べた。
『私は、強硬と柔軟という行動姿勢に対し、特に交渉において重要な考え方だと思っている。
交渉とは、押したり引いたりして、どれだけ自分が譲れて、どれだけ相手から譲歩が勝ち取れるかである。10対0で、相手を打ち負かし、リング上にノックダウンすることではない。
できればこちら側の譲歩は少ないほうが良い。そして、それに反して相手からの譲歩が多いに決まっている。
だが、交渉に勝つというのは、譲歩の割合が多い少ないだけでは言い表せない。どちらか一方の譲歩が多ければ、何れ他方は不満に感じることであろう。つまり、交渉とは、お互いの満足度であり、最も良い交渉とは、お互いの満足度が高いことである。
片方が、他方よりも満足度が高いということは、他方がその分低いということになる。それをバランス良く交渉できるかが鍵である。』
私は交渉とは、勝った負けたではないと考えている。交渉とは相手の考えとこちらの考えを混ぜ合わせ、一方的にならないようにすることである。
重要なことは、こちらの考えを伝えること。相手には相手の都合があろうが、こちらにはこちらの都合があることを述べることだ。その時点で、こちら側の都合がなければ話にならない。自分の考え、こちらのスタンス、こちらの都合がないということは、中身のない交渉にも値しない人物だということである。
さらに重要なことは、相手の考えの源を知ることである。どのような理由でそのような考えてになっているのかを引きだし、今の考えでなくても、その源の考えを代わりに実現してあげるような姿勢がないといけない。
冒頭の「出来ないと言っています」「判りません。難しいようです」というのは、相手がなぜ、どうして出来ないのかが判っていないということである。もし、理由が判っていたら、相手の提案、こちらの提案以外の方法で、どうやったら実現してあげられるかを共に考えるのだ。共同作業で考え、相手の提案でもなく、こちらの提案でもなく、双方が少しずつ譲り合うことで、妥協できる点を見出すのだ。
一方、こちらが譲り、相手の身になって考えてあげようとしても、相手は一歩も譲らない場合もある。
こうなると、お手上げという人間も多い。
交渉にならないという状態である。
これを打開できないのは、喧嘩慣れしていないということである。
強い相手。交渉上手な相手に手に負えない。一方的に殴りかかってきて、こちらの考えを聞くどころか、殴り倒されそうになる。殴るのを止めさせなければ、話などできない。
どうしたら止められるか。こちらも殴るしかない。相手が、一瞬だけでも手を止めるくらいの一手を放つしかないのだ。
相手は、私が言うように、交渉とは相手を打ち負かし、リング上にノックダウンすることではないと考えていないのだ。打ち負かし、ノックダウンさせることが交渉だと考えている人間がいる。そのようなタイプには、簡単にはノックダウンしないことを知らせる以外に方法はないだろう。ようは、どうしたら手ごわい相手と思わせるかどうかだ。
張ったりも必要だろう。だが、単なる張ったりではなく、本気であることが伝わらなければ、強い相手であるほど弱い人間がやる張ったりはお見通しである。そのためには、腹が据わっていなければできない。覚悟がなければできない。
アメリカには、交渉学と言われる学問があるほど、交渉術を勉強する人が多い。交渉力を問題解決能力として捉え、交渉力が強い人ほど、様々な難関を乗り越えることができる逸材だと認められる。
特に、リーダーという立場においては、判断、決断、交渉というのが、日々のミッションであり、判断、決断、交渉ができない人はリーダーの職をしていない、できない人という位置づけらしい。
私も、交渉力は問題解決能力だと思っている。相手とこちらとで、お互いの利害がぶつかり合った時、相手がどんな人間であろうとも、相手とこちらの両方の問題を解決することである。
交渉力は、問題解決能力である。
問題解決能力は、どんな職種にも必要である。全員に問題解決能力が求められるということは、そのチームを率いるリーダーは、そのなかでも最も優れた問題解決能力を持った人でなければならない。
チームの中で最も問題解決能力があるリーダーが、他のチームのリーダーと交渉できなければ誰ができるものか。
つまり、リーダーの交渉力は、リーダーがリーダーである能力を最も示すものなのだ。かつ、そのチームの代表者の能力を相手に知らしめることであり、チームの差が明確になることなのだ。
問題解決能力が低いリーダーは、問題解決能力が高い部下にリーダー職を譲り、その部下の下で出直すべきである。
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投稿者 :堀田信弘: 2009年11月 7日 05:02