苦しいことを共にする。楽しいことを共有する。苦しみも楽しみも、その一方だけでなく、両方を共にすることを、苦楽をともにするという。
苦楽をともにするという最小のユニットは、家族である。家族は、苦しみも楽しみも、ともに共有する。
一人の時は、悲しい時も嬉しい時も、いつも一人。一人でいることが耐えられないくらい辛いこともあろう。一人ぽっちがとてつもなく寂しいこともあろう。誰かにすがりたいこともあろう。慰めてほしい時だってあるに違いない。
しかし、その原因のほとんどは、その一人である自分に関わることで起きたことだ。自分自身が招いたものである。
ところがこれが家庭となるとそうはいかない。仕事を終え、クタクタに疲れて帰っても、直ぐに子供たちの世話をしないといけない。自分が熱を出して寝込もうとしても、子供が同じく熱を出したら、看病をしないといけない。
自分のことでないことなのに、自分もそれに否応なしに関わらなければならない。
子供が初めて立って歩けるようになった時、自分のことのように嬉しくなる。
旦那の給与、賞与が削減される。リストラに合う。家族は、これまでの外食を控え、無駄使いをなくして、何とか耐え忍ぼうとする。
親が病気になる。歩けない。誰かが仕事を休んで、病院に連れて行かなければならない。大切な仕事があるのにと、夫婦で喧嘩をしながらも、一方が譲り何とかしようとする。そして、時には、一人になる時間がほしいと感じる時だってある。
それでも家族は、苦しみも楽しみも、ともに共有する社会で最小のユニットである。
社会で最小のユニットである家族を上手にマネージメントできなければ、他人が集まるユニットをマネージメントできるはずがない。
そして、家族が絆を保てる最大の理由は、苦楽をともにすることである。もし、苦楽がともにできなければ、家族でさえも簡単に崩壊してしまう。崩壊するとは、言いかえれば、もうこれ以上、苦楽をともにできないという状態である。
それほどまでに、苦楽をともにするということは、社会で最小のユニットである家族においても、そのユニットがユニットであるための最も重要なことなのである。それは経営者の家族でも同じことである。
では、他人が集まる会社というユニットはどうか。
会社の絆を保つのは、給与というお金だけか。亭主元気で留守が良いという状態なのか。
社員の多くは、会社で、苦楽などともにしたくないと考えているのだろうか。
私は、それで良いと思っている。
なぜなら、多くの社員に鼻から苦楽を求めるような経営者は、経営者として失格だからだ。それは言わば、親が子供に苦楽を共にしろと言っているようなものと同じだからである。
私は、これまで何度も『苦労はさせるが不幸にはしない』と言ってきた。
私は、若いうちは苦労を買ってでもしろと思っているのは間違いない。しかし、誤解してほしくないのは、苦労の意味が違うという点である。
これは、社員個人が成長するために、楽をさせるのではなく、少し辛い仕事、嫌な仕事でも、苦労をして成し遂げる意義を判ってもらうためである。
そして、社員を成長するためなら、少しでも社員の能力を信じ、少し上の仕事をさせるべきだという上司へのメッセージでもある。出来る仕事だけ、好きな仕事だけさせているようでは、その社員が成長するはずもない。そして、同時に、そんな甘えを認めるような上司がいては、その組織は腐敗するのである。そう言う意味で、上司に対し、社員に苦労させろと言っているのだ。
今回、私が言っている社員に苦楽を求めるような経営者は、経営者として失格だという意味は、教育的な見地とは違うからである。だから、一般社員には苦楽をともになどと経営者の都合を押しつけるような考えは行けないのである。
しかし、私は社員に言うのではなく、敢えて、リーダーやリーダーを目指す人に対しては言おう。トップと苦楽をともにできないような人は、自らもリーダーとして苦楽をともにしてもらえないということである。
もっと言えば、トップから見て、幹部たるリーダーたちで、苦楽をともにできないようなものは、一般社員であって幹部であってはならないのである。これは、家族でいえば、夫婦ではないのと同じだ。子供に求めているのではなく、ともに組織を守る立場だということである。
苦楽をともにするということは、仕事を終え、クタクタに疲れて帰っても、直ぐに社員の世話をしないといけないということである。自分がどんなに時間が取れなくても、社員のために時間を割かなければならないということである。
自分のことでないことなのに、自分もそれに否応なしに関わらなければならないのである。しかも、それは他人が集まる会社というユニットを守るためにだ。
幹部だって同じ社員じゃないかというような反論をするようなら、ご自由にどうぞ。そう言う人は、絶対に苦労をかけさせるな。
私は、矛盾することを言った。だが、それは矛盾ではない。
苦労はさせるが不幸にはしないということと、社員に苦楽を求めるような経営者は、経営者として失格だということ。そして、苦楽をともにできないような人は、自らもリーダーとして苦楽をともにしてもらえないということ。
しかし、私が知ってほしいことは、立場が違えば求められることとが違うということ。求めてはならないということだ。それを理解してほしい。
苦しいことを共にする。楽しいことを共有する。苦しみも楽しみも、その一方だけでなく、両方を共にすることを、苦楽をともにするという。できれば、楽しいことだけを共有できれば宜しいが、それだけでは、絆は保てない。
私はこれから、アジアでもっとも家族の絆な強いと言われる台湾(中華民国)・台北市に向かう。
最後まで読んで頂き、感謝申し上げます。
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投稿者 :堀田信弘: 2009年11月19日 05:05