【堀田信弘の今日の語録】 『この会社は、きっと伸びるだろうな。他の会社と違うことができること自体に可能性を秘めているから。』


企業経営について  「活・喝・勝」


成長こそが衰退との戦いを制す

出生1000に対して妊娠満22週以降の死産率と生後1週間未満の早期新生児死亡率を加えたものを周産期死亡率というそうだ。

日本の周産期死亡率は、過去20年間で約4分の1、過去10年間で約2分の1と年々減少している。最近では、日本の周産期死亡率は、群を抜いて世界一低い水準だそうである。

ところが、日本国内を見ると、東北地方の一部で、減少が止まり上昇に転ずるところが出たらしい。その背景について具体的な根拠は示されていないが、死亡率が減少した理由が医療水準の発展だとすれば、上昇した理由は医療水準が衰退したと言えよう。

医療技術そのものが衰退している訳ではないから、過疎化などに伴って医療を受けられる機会が衰退したということだろうか。

世界一にまでなった事象でも、それを維持し、さらに発展を継続させるというのは難しいことなのである。

人間も同様だ。

生まれたばかりの赤ちゃんは、日に日に成長し、どんどん体力をつけて行く。生後1週間を過ぎれば、死亡する確率は一気に下がる。しかし、人間は生まれた瞬間から、死に向かっていることには変わらない。

短いか長いか判らないが、必ず人間は死ぬ。その判らない期間を、どのように生き、どうその日を向かえるか、それが皆、異なるだけだ。多少伸ばすことは可能でも、絶対に避けられないのが死だ。

平均寿命は年々伸びているが、その中の平均の人間になれるか、それともそれ未満か、それ以上か、誰も判らない。明日、部屋を出たところで、交通事故に遭う可能性だってないとも言えないのだ。

それでも人間は、いつ死ぬかも判らないのに、直ぐには死なないということを前提に、成長を願う。生まれたばかりの赤ちゃんは、日に日に成長し、どんどん体力をつけて行く。やがて立って歩けるようになり、話せるようになり、その成長は留まることを知らない。

しかし、成長し続けながらも、それでも人間は生まれた瞬間から、死に向かっていることには変わらない。

それは企業も同様だ。

私は、『生まれるものもあれば死ぬものもある』の中で、『企業の平均寿命は、10年になったと言われている。さらに、創業して10年以内に9割以上の会社が倒産している。10年以内に倒産せずに生き残る確率は実に1割である。そして、今から1年後の2010年ごろの企業の平均寿命は1990年代の約半分の8年程度になるのではとの予想がされている。

人間に例えると、企業の成長スピード、あるいは死に向かうスピードは10倍以上だ。企業の1ヶ月は、人間の1年と同等スピードで衰えて行く。』と書いた。

企業は、人間以上に死に向かうスピードが早い。

それでも企業は、いつ死ぬかも判らないのに、直ぐには死なないということを前提に、成長を願う。

人間も企業も、生まれた瞬間から、死に向かっていることには変わらない。死に向かうという意味で、衰退するのは必然である。

だがそれでも、必死で衰退を食い止めようと、成長し続けることを考える。

企業は、成長し続けなければ、一瞬で崩壊する。衰退を食い止めるのには、成長以外の方法はないのだ。

維持はできない。成長し続けようとしても、衰退という必然の力には簡単には及ばないのだ。それを、成長せずに維持するという考えでは、その時点で衰退の力に勝るはずがない。

経営者が、自分の会社の成長を考えられなくなったら、成長を考えようとする人に経営を委ねるべきだ。そのような経営者では、衰退という力に待ったをかけるどころか、加速させるだけである。

成長し続ける必要があるのか、と疑問を持つ時点でも、もはやその企業を率いる経営者ではない。成長し続けようという気概がなければ、衰退には勝てないのだ。

では、成長し続けようという気概を、どうしたら持ち続けられるのだろうか。

私は、大きすぎるくらいの目標を持つことだと思う。大きすぎるくらいの。いつまでも満足できないくらいの大きな目標だ。

上場するだとか、そのような類ではまだ小さい。具体的な数値目標である。例えば売上100億円だとか、店舗1,000店だとか。

なぜ数値なのか。それは、毎年の経営目標が数値だからだ。数値は、バロメーターなのだ。

経営者で言えば、そのバロメーターは、考え方のバロメーターでもある。バロメーターが低ければ、成長し続けようという気概も低いということである。

そのように書くと、一部から反論が聞こえてきそうだ。「身の丈にあった数値のほうが現実的だ」と。

私は、「話にならない」と一蹴するだろう。

それがお前の身の丈なのだ。その程度の身の丈しかないということ。自分の身の丈にあった経営をするのは当たり前だ。だが、その身の丈が小さすぎるようでは、とてもとても経営など任せられない。成長しようという気概が低いようでは、会社を衰退させられてしまう。

何が現実だ。経営者は、理想を追いかける現実主義者だ。理想を追いかけずに、現実だけを見ていたら衰退する。もちろん、理想だけを追いかけて、現実を見ないようでは行けないことなど言わずとも知れたことだ。成長を望まない人間に言われたくもない。

もし、今年の経営目標が昨年と同じだったら、社員はどう感じるだろうか。しかも、何度も何度も達成できず、また来年の経営目標も同じだとしたら。

この企業は衰退を食い止めることはできない。それは、目標だけの問題ではなく、事実として、成長できない状態なのだ。そのように一旦止まってしまった状態から抜け出すことは、極めて難しい。過去のデータが示すように、論理的には不可能だと言っても良い状態である。

人間であれば、医者から死亡宣告された状態である。そこから帰還するのは至難な業だ。もちろん不可能なことではないが、そのような状態にしてしまった人間が、そのような状態になる前に回避できなかった人間が、そこから至難な業を繰り出せるはずもない。つまりは、選手交代しないと、不可能だと言って良いだろう。

企業とは、生まれた瞬間から、衰退との戦いである。それを忘れてはいけない。

そして、企業が衰退を防ぐには、大きな数値目標を持った経営者が、成長という力で戦うことである。その戦いができない時には、衰退を防ぐために、選手交代をして、別の大きな数値目標を持った経営者が、成長という力で戦うことである。

常に、自分よりも大きな目標を持てる人、そしてそれを実現できる人が、次々に交代して、継投することである。

成長こそが衰退との戦いを制すのだ。それができない企業は、必然的に衰退する。だから企業は、成長を追求し続けなければならないのだ。止まってはいられないのである。

最後まで読んで頂き、感謝申し上げます。

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投稿者 :堀田信弘: 2009年11月25日 05:07