あなたは、自分で運が良いと思うか。運が良いと思う人は、運が良く、運が悪いと思う人は、運が悪いという、当たり前の結果を検証したイギリス人がいる。
彼の名前は、リチャード・ワイズマン博士。彼は、運が良いと思う人と、運が悪いと思う人を集め、彼らの行動や考え方に違いがないか検証する大実験を行った。
その結果、運が悪いと思っている人は、思いがけないチャンスに気づくことができないということが判明した。
私はかつて、『幸運の女神には前髪しかない』の中で、『イギリスのことわざに「幸運の女神には前髪しかない」というのがある。一度チャンスが通り過ぎてしまったら、後から追いかけて後ろ髪を掴もうとしても、チャンスを掴むことはできないと言う意味だ。』と書いた。
リチャード・ワイズマンは、このことを裏付けるかのように、幸運の女神が目の前を通っても、それに気付かなければ、後から慌てて気付いてもそれを掴むことはできないということを実証しょうとしたのだ。
彼の著書によると、運が悪い人は、一般的に神経質な人が多いらしい。神経質な人は、過去に痛い目に遭ったことがトラウマとなり、良いことよりも悪いことを先に連想するそうである。その結果、運が良い人よりも心をオープンにすることが苦手で、過去の痛手よりももっと辛い痛手を負うのを避けようとするらしい。
彼の論が正しければ、運が悪いと思う人は、願ってもないチャンスが来てもそれをチャンスと思えず、何か裏があるはずと考えているうちに、女神が逃げてしまうようだ。それに対し、自分自身で、運が良いと思える人は、大したチャンスでなくても、もしかしたら大きなチャンスになるかも知れないと考え、チャンスを見逃さないという気持ちが強いらしい。
私は、『時に結果とは、運に左右されることが多い。運が悪い人は、ここ一番の時に病気になったり、家族がトラブルに巻き込まれたりと周囲の影響を受けることがある。しかし、それも結果なのだ。言い分けも聞かなければ、仕方ないでも困る。経営に仕方ないことはない。例え大地震が来ても、全てが結果責任である。』と『相対評価と絶対評価』の中で書いた。
そう経営者は、まさに運も実力のうちなのである。運が良い人は、とことん運が良い。また不思議なことに、運が良い人は、過去に痛い目にあっても、それを笑い話、想い出話にできるくらいリラックスしている。
リチャード・ワイズマンは、人間に対して、どんな人種であろうと、どんな人相であろうとリラックスできるのは、一種の才能であるとも述べている。
私は、「運が良いか」と尋ねられたら、自信を持って、「運が良い」と答えるだろう。そして、どんな人とでも出会いを楽しみ、そういう意味ではリラックスしていると言えよう。
例えば、先日私は、マレーシアのクアラルンプールに高速道路で向かう途中、車がスピンをして、1回転半した。ゆっくりと景色が回転し、高速道路傍のゴムの木林の中に吹っ飛んだ。しかし、全くの無傷だった。
私がその時、死なずに死んだのは、きっと何か良いことがあるはず、ということだ。事故があったその瞬間から、運が悪と思わずに、運が良いと感じたのだ。
だがしかし、私は、能天気でもプラス思考でもない。
『私は元来マイナス思考なのかも知れない。悪いこと、失敗することが常に頭を過ぎる。やるぞと強い決心をするまで、私は、完全にマイナス思考の塊になる。考えれば考えるほど眠れない。一旦、眠れないと思ってしまうと、失敗するケースばかりが頭の中を支配する。』と『マイナス思考とプラス思考』の中で書いた。
私は、運が良くなりたいという気持ちが強い。プラス思考にならなくてはと、マイナス思考の私を必死で打ち消そうとする。そのようにする私は、有りのままの自分では到底チャンスを得られないということを知っているからである。
だからそれを直そうとする。運が良い人の行動や思考を真似ようとする。私は、元来プラス思考ではないのだから、そうして必死で運を近づける以外にないと考えているのだ。
ある人からすれば、「そのように考えられるだけも、プラス思考の一種ではないか」と言われるが、私は強く反論したい。「だったら、あんたもやってみろ」と。
もしその人がプラス思考の持ち主だとしても、私は、その人が軽々とチャンスを掴めるとは思えない。私はむしろ、必死でチャンスを掴もうと、運が見逃さないようにしよとしない限り、単なるプラス思考でも成就しないと考えている。
頑張れ、マイナス思考者の、プラス思考を目指す者。
私は、自らがその部類に位置づけられるから、尚更、元来プラス思考だと思っている人よりも、もっと可能性が高いと考えている。できる限り、マイナス思考を打ち消そうとするその意気込みが、チャンスをものにするのだ。言わば、ハングリー精神と一緒である。
私は、マイナス思考の人こそ、マイナス思考の人間の痛みを理解できるリーダーに相応しいと思っている。自分がプラス思考だからと言って、プラス思考を押しつけようとしても、簡単にプラス思考になどなれやしない。
生まれながらプラス思考で、過去に一度も嫌なこと、辛いことなど経験したことないというのでは、ハングリー精神が生まれない。ハングリー精神というのは、持っていないものを、何とかして持ちたいという強い願望力である。私は、この願望力こそが、運を引き寄せる力だと思っている。
リーダーなら、プラス思考でなければならない。元来どうであれ、プラス思考を振る舞わなければならないのである。リーダーは、どんなことも、きっと良いことがあるはず、運が良いと思い、大したチャンスでなくても、もしかしたら大きなチャンスになるかも知れないと考え、チャンスを見逃さないという気持ちを持たなければならないのである。
持たないといけないのである。持てなくても、持たないとならないのである。マイナス思考もクソもない。自分に言い聞かせ、チャンスになるかも知れないと必死で思うのだ。思うのだよ。どんなに嫌なことが続いても、失敗しようとも、きっと今度は上手く行くと思い続けるのだ。それができなければ、チャンスが回ってこない。
つまり、チャンスを次々にものにできなければ、リーダーではないのだ。運も実力のうちなのだ。
一旦運がなくなれば、再び運を手に入れるのは困難である。なぜなら、自分は運が悪い人と思うようになるからである。
私は、運が良いと思っている。運が良いに決まっていると思うようにしている。そして、現に運が良い。嫌なことや、失敗しても、運が悪いとは思わないようにしているのだ。それは、私の運の良さを保つためである。
運は、必ず手に入れられる。気持ちの持ちようで。運が良い思えれば、間違いなく運が良い。
運なんてそんなものさ。
その気持ちが持てるかどうかだけだ。それが難しいと思うか、簡単だと思うか、難しくても何とかしようと思うか、それだけの差だ。気持ちの問題だよ。
ただ、その気持ちの問題が、運を左右するのは事実である。
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投稿者 :堀田信弘: 2009年11月29日 05:08