日本人社会の組織論として有名な中根千枝著『タテ社会の人間関係』の中に、『「甘え」が本来人間一般に共通する感情であるにもかかわらず、外国の観念として存在しないのは、それだけ日本人にとって身近なものであると同時に、日本人の精神構造の少なくない部分を占めるといってよい。』と書かれている。
また、「甘え」に該当する言葉が他の言語に見つからないことに着目した土井健郎が書いた『甘えの構造』では、『甘えは、他の民族、外国人には見られない感情で、周りの人に好かれて依存しようとする日本人特有の感情だ。』と定義した。
この二つが定義した日本人固有の「甘え」は、組織を運営する立場になってみて初めて「なるほど」と思えるようになる。一般に、「甘え」が日本人固有のものだという認識は恐らくないであろう。そればかりか甘えているという自覚すらないのが日本人である。それが組織を運営する立場になると、多かれ少なかれ「甘え」が如何に蔓延しているか痛感させられる。
私は、『自由と責任から責任と自由へ』の中で、『東南アジアの国々を回り、世界の最貧国の姿を知ると、自由は、与えられるものではなく、勝ち取るものだということを理解するようになった。何でも揃う贅沢な日本にいると、自由とは、空気のように当たり前で、無くならないもの、無くなっては困るものという認識がある。自由は当然であり、自由のない世界など、息苦しくて溜まらない。』と書いた。
日本が如何に平和ボケの状態にあるか、そして厳しさに対応できない軟弱な状態にいるのだ。その厳しさに対応できない軟弱な状態を表しているのが「甘え」であり、かつ、甘えているという自覚すらないのが日本人である。さらに、周りの人に好かれて依存しようとすることが「甘え」であるという認識もなく、『嫌われたくない症候群』となっている。
私の事務所には、日本人のほか、韓国人、中国人、台湾人、モンゴル人、ベトナム人、ミャンマー人、シンガポール人が一緒に仕事をしている。いわば、私の事務所は、リトル東南アジアという感じである。そのリトル東南アジアにおいて、日々社員と接していると、日本人の「甘え」は、スイートという甘さではなく、実に陰気さを感じる。
ここで陰気さというのは、文字通りに陽気さの正反対であり、表面に出ないで、内部にひそむと言った陰にこもった感じである。この表面に出ないで、内部にひそむ「甘え」こそが、外国の観念にはない日本人固有の特性なのである。
例えば、部下を身代わりにする上司がいる。本当は自分自身の考えであるのにも関わらず、それを隠し、「部下からこのような意見が出た」と部下を身代わりにして、あたかも部下が言ったかのように自分の上司に進言する。しかも、「部下はみんな同じ意見だ」と恫喝する。上司に対して、通り難い意見を通そうとする際の姑息な手段である。
このように、陰気に上司に「甘え」る。自分の考えを隠し、自分は嫌われないようにしておいて、それでいて部下の側にはリーダー面をする。これは、最も日本人特有の陰気な「甘え」を表したケースである。自分に甘え、他人に甘え、周りの人に好かれて依存しようとする、誰が見てもずるくて嫌なタイプであろう。
しかし、このように表現すれば嫌なタイプと思えるだろうが、実はこのような人間が多いにも関わらず、それに気付かないでいるのも、これまた日本人なのである。陰気に「甘え」てくる人のことを、「甘え」と認識できないのだ。それは、認識できない人も「甘い」からに他ならない。
私はかつて、『自分に甘いから苦しいのだ』の中で、『自分に甘いから苦しいのだ。自分を良くやった、頑張ったと自己評価し、甘い評価を下したから、苦しいのだ。苦しいのは、自業自得なのである。』と書いた。
私は、日本人固有の「甘さ」について、一言で言えば「自分に甘い」というように理解している。
そういう私も決して自分に甘くないとは言わない。そう、私も日本人だから。だからこそ、私は、苦しいのは自分に甘いからだと認識し、苦しいのは自業自得であると強く思うように意識しているのだ。
「自分に甘い」人間は、必ずその甘さを得た分だけ、いずれ苦しみを味わう。今、苦しいと感じているのは、その苦しみを越えるための辛さよりも、越えないで済もうとする甘さ、逃避を選択したからである。
自分の考えであることを隠し、あたかも多くの部下が考えているかのようにカモフラージュして、上司にも、部下にも嫌われないようにしながら、自分の都合の良いように甘える。普通の上司なら、すんなりと受け入れてしまうかも知れない。
だが、私は、結構、その「甘さ」を見抜く力を持っている。
それは簡単な方程式があるからである。例えば、三人称を用いる言葉、提案は、軽くて甘い。「私は」という自分を特定できないような話は、自分の考えを隠し、自分は嫌われないようにしようとする「甘さ」そのものなのだ。
あるいは、言い訳から始まる会話。結論を中々言わず、事情を説明して、情状を得ようとする「甘さ」が見える。またあるいは、「個性」「自由」「権利」だと、正論で言いくるめようとするが、人の心を打つだけの情熱、熱意が感じられないどうでも良いような「甘い」考え。
もっと簡単にいえば、「甘さ」の逆である自己への厳しさが感じられなければ、自分だけの都合と自分の身勝手を優先した「甘さ」が潜んでいるということである。
「お前の考えは甘いんだ。」
それを自分に投げかけて見れば良いだろう。自分に甘くないか、逃避しようとしていないか。衝突を避けようとしていなか。他人を利用して自分だけ良い子になろうとしていないか。
もう一度、「お前の考えは甘いんだよ。ふざけるな。」と自分に言ってみたらよい。
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投稿者 :堀田信弘: 2009年12月 5日 05:44