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世の中について  「活・喝・勝」


戦いの終わりに

滞在しているホテルの目の前には、市民の憩いの場であるインヤー湖が広がる。そこから、朝早くから湖の周辺をゆっくりと歩く人々を眺めていると、時間の流れまでもがゆっくりと進んでいるように感じる。

時には、時間が止まってしまったかのような静かで穏やかな場所で、ここに来ると、日本にいるよりもむしろ平和を実感できるような気にさえなる。また、賑やかな『躍動感あるホーチミン』から、時間が動かないこの街に来ると、何かがひっくり返ったかのようなカルチャーショックさえ覚える。

本当に、ゆっくりとゆっくりと、時間がほんの僅かだけ進んでいるような感覚である。光り輝くインヤー湖のほとりの向こうには、アウン・サン・スーチーさんの立派な家が見える。

私は今、「戦いの終わり」を意味する国内で最大の都市、『穏やかなヤンゴン』にいる。悪政による危険な場所というようなことは全く感じられない、平和で、優しさを感じる大好きな街だ。

信仰心溢れる人々で賑わうヤンゴンは、1851年ビルマが英国領になった際に英語名のラングーンと改名されたが、1989年からビルマはビルマ語のミャンマーとなり、その首都として、再びヤンゴンと改名された。

しかし現在ヤンゴンは、ミャンマーの首都ではない。首都は、数年前から内陸部に建設されたネピドーである。

ヤンゴンの人口は、約660万人。ここ5年間で140万人も増え、地方からの流入が加速しているそうである。

ヤンゴンには、日本人学校がある。この学校は、世界各国にある日本人学校の中で、二番目に古い歴史を持つ。それほどまでにミャンマーは、日本との繋がり古い国なのである。

ところが、現在ヤンゴンに住む日本人は500人ほどしかいない。日本からの観光客もどんどん減り続け、早く「戦いの終わり」が実現してほしいと願うばかりである。

私が最初にヤンゴンを訪れたのは、2008年9月。その時の感想を『ミャンマー・ヤンゴンにて』の中で、『この国の底力は、今でも私が知る限り東南アジアで一番であるのは間違いないであろう。』と書いた。

かつて、世界中の経済学者たちが、識字率の高さ、勤勉性、宗教観、労働意欲などを鑑み、ミャンマーは東南アジアで最も早く成長するだろうと予想していた。

私は今でも、この国が発展する可能性は十分にあると考えている。その理由は、ミャンマーが、地理的に世界の大国となるであろう中国とインドの両方と国境を接していることもその一因である。

そのせいかこの街には、年々、中国系、インド系の人々が増えているように感じる。アジアの国の中で、中国系とインド系がこれほどまでに多くいる国も少ないのではないないだろうか。もしかして、数十年もすると、ビルマ人よりも、中国系、インド系の民族のほうが多くなってしまうのではないだろうか。

時間の流れはゆっくりであるが、明らかに何かが変化している。どこに向かうのか定かではないが、「戦いの終わり」を求めている人々の雰囲気が感じ取れる。

私は、今回初めてミャンマーとの取引が成功し、これからさらにビジネスを加速させるために訪れた。来年は、もっともっとビジネスが拡大すればと考えている。「戦いの終わり」の後には、新しい未来が始まるのだ。

ミャンマーの人々は、新しい未来を歓迎し、ゆっくりだが少しづつ動きだしたようだ。私は、その流れを感じながら、ほんの僅かだが心優しいミャンマーのために、何かの役に立てればと思う。

ヤンゴンよ「戦いの終わり」を願う。

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投稿者 :堀田信弘: 2009年12月15日 05:48