『壁の高さは、自分の成長の高さである。自分の目の前には、越えられないほど高い壁は現れない。人間には、生きているというだけで必ず壁が立ちふさがる。その壁を避けていたら、いつまで経ってもその壁の内側の大きさのままである。その壁を乗り越えた時、その人は、一回り大きくなる。どちらにしようか迷っている時、安易なほうは、既に乗り越えてきた壁以下の高さだ。だから、簡単に思える。難しいほうは、難しいと考える時点で、これまで乗り換えた壁よりも高いと感じているはずである。』
これは、『越えられない壁はない』で書いた一文である。私は、この"越えられない壁はない"という言葉を、このブログの中で『底を知らない人は強くなれない』と『越えられない試練はない』でも用いている。
"越えられない壁はない"というのは、"自分との戦い"そのものだ。"自分との戦い"という言葉も『習慣との戦いに立ち向かう』と『明日は明日の風を吹かす』の中でも用いた。
私にとって、"自分との戦い"とは、自分の弱さとの戦いを意味する。
例えば、このブログを書くのは、自分の弱さを記し、その弱さを克服した後の姿を記すことで、自分との戦いに勝つために書いている。そうこれを書くのは、私自身のためだ。
私は、私自身のために、二日に一度の割合で書き続けている。誰が読もうが読まないであろうが、批判があろうが賛美がなかろうが関係ない。
この作業は、仕事でもなく、遊びでもない。生活の一部であり、習慣である。教会の懺悔室に入って、怒り、悲しみ、嘆きを感じながら、真剣勝負で自分に渇を入れるために書いているような気分である。継続しなければならないという葛藤とも常に戦いを挑んでいる。
私にとって自分との戦いは、自分の弱さを克服し、越えられない壁を越えられるような人間になるためである。
私にとって自分との戦いは、私がリーダーであり、私が真のリーダーになるためには、避けて通れない、必然的で、ごく自然で、当たり前の行動である。
なぜなら、リーダーとは、人々をリードする、組織の中のたった一人の立場だからである。
例えばそれが会社のリーダーであるならば、自分の組織に対し、成果を求めるのは当然の行為である。それは、そのリーダー自身が、その組織の成果を上げるように、上位のリーダーより求められるからだ。
リーダーは、組織の中の人々に成果を求めるために、様々なマネージメントを施す。プロジェクトやタスクマネージメント、リスクマネージメント、バジェットマネージメントなど、様々な管理と言う手法を用いて、人々に求める側になる。
求められる側は、人々から求められる側であることも知るべきだ。人に何かを要求すれば、要求されないことはない。そのことを十分に理解すれば、リーダーが取るべき行動は自ずと判るはず。それが判らないようであれば、リーダー失格である。
つまり、人々をマネージメントする立場であるならば、当然当たり前のようにリーダー自身も、自分のことをマネージメントできなければ話にならないのである。
簡単に言えば、自分をマネージメントできない人が、他人をマネージメントする資格など全くない。もっと言えば、リーダーが云々と言う前に、人間として無礼な行為である。
私は、このブログの中で様々なことを言ってきた。部下のリーダーにも様々なことを求めてきた。そして、そのことは私がそれを確実にするための、私自身が言ったことをやり遂げることができる人間になるための、自分自身への要求であり、自分との戦いに打ち勝つためであったのだ。
言った以上、自分も出来なければ人間として無礼だ。求める以上、同じことを求められるものなのだ。それを承知すべきなのだ。
私は『リーダーのマネージメント力』の中で、『リーダーというのは、マネージメントができる人の中から、リーダーシップが取れる人しかなりえないのである。マネージメントができないリーダーは、リーダーに非ず』と述べた。
リーダーは、マネージメントできなればならない。だが、リーダーは、マネージメントのみをするマネージャーとは違う。リーダーは、人をリードする人なのである。
だから、リーダーは、人々をマネージメントする前に、自分自身をマネージメントできなければならないのだ。
これをセルフマネージメントという。
リーダーであるあなたは、どんなセルフマネージメントをしているか。
もし、全くセルフマネージメントをしていないとしたら、それは前述した通り、リーダー失格どころか、人間として無礼である。もし、全くセルフマネージメントをしていないとしたら、一刻も早く、何かしら一つでも自身をコントロール、マネージメントできるものを見つけ、行動で、実践で示すべきだ。
リーダーが遅刻ギリギリに出社して、誰よりも出社するなどの自分をコントロールできないようでは、遅刻する部下を指導する資格はない。最低のリーダーである。
だが、そういう私も、完璧にセルフマネージメントできているかと言えば、そんなことは全くない。セルフマネージメントがそんなに簡単なものではなく、まして完璧な人間になることなどできるはずがない。
例えば、禁煙や禁酒、ダイエット、性欲、物欲など、自身の欲求を抑えるようなセルフマネージメントは、リーダーであろうがなかろうが、できる人もいるし、できない人もいる。私もできない部類の人間である。だからと言って、それを放置するつもりはないが、優先順位的な発想で言えば、リーダーにおけるセルフマネージメントは他にある。
私が、組織のリーダーとして、最も重要かつ必須なセルフマネージメントは、一言で言えば、やる気のコントロールである。
冒頭で、越えられない壁はないと述べた。組織が越えられない壁を前にした時、リーダーは誰よりも率先して、壁を必死で越えようとする姿を見せなければならない。そうリーダー自身が、越えられない壁はないと思わなければならないのだ。
リーダーが越えられないと思ったら、組織は絶対に越えられない。
そして、リーダーは、一度越えられない壁を越えたとしても、また、次なる高い壁を求め探し、越えようとしなければならないのだ。これまで越えたことがある壁ばかりを探しているようでは、決して成長しないのである。すなわち、それは、リーダー自身が、自分との戦いに負けることを意味するのである。
組織にやる気をもたらすには、リーダー自身がやる気が漲っていなければならないのである。悲しいときも、辛いときも、全てが上手く行かないときでも、いつでも、やる気が見せられるように自身をセルフマネージメントするのである。
リーダーは、プロジェクトやタスクマネージメント、リスクマネージメント、バジェットマネージメントなどの管理を考えるより、何よりも優先して、やる気をマネージメントするのである。そして、自分自身をもやる気のセルフマネージメントするのである。
それ以外のマネージメントも、セルフマネージメントも、やる気のマネージメントの二の次である。
なぜなら、リーダーは、人々を率いる人だから。リーダーにやる気がなくて、人々がやる気のないリーダーについて行くはずもない。
理屈や管理手法の前に、このやる気のあるリーダーに従えば、きっと越えられない壁がないかも知れないことを、リーダーのやる気で訴えるのである。
そして、やる気のマネージメントは最も難しい。簡単に訴えることなどできやしない。勿論、それは、自分自身へのやる気のセルフマネージメントも、最も難しいことだからである。まずは、自分のやる気をセルフマネージメントしてみることだ。
自分をマネージメントできない人が、他人をマネージメントできるはずがない。
どれだけセルフマネージメントできるか、その差がリーダーの魅力の差なのかも知れない。セルフマネージメント力が、リーダー力とも言えよう。
私もまだまだである。自分の弱いところは山ほどあり、一気にセルフマネージメントできないもどかしさは、組織をマネージメントするのとまさに同じことである。自分との戦いは、永遠に続く。
できるだけ多くのセルフマネージメントに挑戦しよう。それがリーダーに課せられた使命なのだ。それが嫌なら、それができないのなら、リーダーを降りるべきだ。
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投稿者 :堀田信弘: 2009年12月23日 05:52