【堀田信弘の今日の語録】 2010年9月 3日 『 左手と右手は、矛盾だらけだが、決して片方が無くなっても良いと言うものではない。矛盾の両輪は、私の目指すところ。』


リーダーについて  「活・喝・勝」


幸福だから笑うわけではない。笑うから幸福なのだ。

「幸福だから笑うわけではない。笑うから幸福なのだ。」これは、フランスの哲学者アランの言葉だ。アランは言う、「悲観主義は気分のものであり、楽観主義は意志のものである。」と。

私は、『経営者は悲観的楽観主義者だ』の中で『楽観主義者とは、前向きな考えを意志的に行う人である。能天気な楽観者とは違う。最悪な状態で、考え得られる悲観的な状況をも、乗り越えようとする強い意志の持ち主である。』と言った。

私は、極めて悲観的な人間だが、悲観主義者ではない。

私が考える悲観主義者とは、何かに取り組もうとする時、常に最初にイメージするのが悲観的な内容である人のことである。アランの言葉を借りれば、いつも悲観的な気分になる人のことだ。

私が極めて悲観的な人間だというのは、気が小さい、勇気がない、臆病、そして悩みが多く、毎日のように悲観的な内容を考えて眠れない夜を過ごしているからである。

しかしそれでも、悲観主義者ではないというのは、アランの言うとおり、自分の意思で前向きな考えを持つように、意図的に、強制的にしているからである。

そして何よりも、何かに取り組もうとする時、私が最初にイメージする内容は、常に良い結果、つまり楽観的な内容を思い浮かべるのだ。これは、意図的でも、意識的でもない。能天気なようなものだ。

つまり私の中には、悲観的な私と、楽観的な私が同居しているのだ。

昼間の私は、楽観主義者だ。

日中、職場で悲観的な状況に陥ることはまずない。それは、意図的で、意識的にしているからである。それは、楽観主義者を装うとしているのではなく、リーダーとして当たり前の姿だからである。

リーダーが、悲観的な状況を見せてはならない。これが私の考えだ。リーダーが、細かいところを突っついて、後ろ向きで悲観的な考えばかりを示していたら、誰が思い切った行動が出来よう。

リーダーは、全員が悲観的で、沈んでいる時でも、必ずやれると前向きで、明るい態度を見せなければならないのだ。それがリーダーではないか。前へ進めとリードするのが、リーダーではないのか。

それができないようでは、リーダーではない。だから悲観主義者は、経営者には向かないのである。

しかし、そう言う私も、夜になると悲観的になる。

私は夜が嫌いだ。

孤独だ。

前向きになれない。

失敗することばかりをイメージしてしまう。

意図的に、意識的に、前向きに考えようとしても、一人だけの夜になると、それが私にはできない。

早く朝になることを願ってしまう。

何をやっても上手く行かないのではと考えてしまう。

様々な対策を考えれば考えるほど、次々に、問題点が浮かび上がる。

私の眠りは、いつも浅い。

そして短い。

僅かな音や、明かりでも、一瞬にして目が覚めてしまう。それほどまでに、私は、臆病であり、寂しがりやであり、気が小さいのだ。そして、細かいことばかり考える、神経質である。

それが毎日毎日続く。そして、朝を向かえる。これが私の日々である。

朝、私は、人が変わったかのように、気分を入れ替える。待ち遠しい朝、私が最も好きな時間だ。これから始まる新しい一日が、きっと上手く行くだろうとイメージする。

夕べあれだけ問題点を洗い出し、私ほど様々な角度から分析した人はいないだろうという自信さえ感じる。

こうして、いつものように2009年の最後の日を迎えた。

今の私は、2010年が待ち遠しい。早く過ぎ去れ2009年、早く来たれ2010年という気分だ。

アランは、「幸福だから笑うわけではない。笑うから幸福なのだ。」と言った。

私は、来年も笑う。

笑う時は、いつも一人の時ではない。

一人の時に笑うのは、幸福とは言えない。一人の時は、誰だって一人ぼっちだ。寂しがれば良い。それが自然だ。たった一人なのだから。

来年も私は、笑い続けるだろう、多くの仲間と共に。

自分の声を信じ歩けばいい。必ず、笑いをもたらすことだろう。いや、私は、笑いをもたらしてみせる。

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投稿者 :堀田信弘: 2009年12月31日 05:55