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企業経営について  「活・喝・勝」


部下からの叫びが痛ましい

先日書いた『内弁慶に外地蔵』について、社員と思われる人から匿名のメールが届いた。

『社長は、"内弁慶に外地蔵というようなリーダーは、リーダー失格という次元ではなく、人の上に立つ人間としてあってはならないのである。"と言いますが、そのような人を管理職や経営者に任命するのは、社長の責任でもあると思います。外地蔵どころか、内に篭って外にも出ず、受注活動ができないような人は、問題外だと思います。』

私には、このようなメールが一日に数通届く。内容を見る限り、約半数は、私と関わりがある人か、あった人かのように思われる。残りの半分は、私は全く面識がないにも関わらず、一方的に批判を繰り返す人である。

これまでも社員と思われるメールについては、何度か取り上げて来た。数はそんなに多くない。

だが、社員と思われる人、あるいはかつて社員だったと思われる人からのメールというのは、実に緊張が走る。

それは、私に何とかしてほしいとの叫び声に聞こえるからである。悲しくなる。辛いのだろうかと。

余程、嫌な思いをしているのであろう。納得が行かないことがあるのだろう。認められないのであろう。あるいは、許せないのかも知れない。

だが、このようなメールをもらえるようになったことは、私にとってとても嬉しいことである。私がこのようなブログを書いているお陰で、私の考えを示すことで、問題意識が芽生え、危機意識を感じ、何かを伝えたいと思う人が出てきているのに違いない。

本来なら、匿名ではなく、本名なら、直接会って話しを聞きたいところだが、そこまで求めるのは酷であろう。メールの内容からすると、その大部分は、特定の人を指している場合が多い。

前述したメールは、頂いたメールの一部だが、全文を読むと、送信者と、批判の対象となる人がそれとなく把握できる。なぜなら、多くの場合、こうして私にメールを出す人は、私が全く知らない人のことを引き合いに出すはずもなく、私の傍で関わりのある人を引き合いに、私自身にも、その対応の不味さを指摘し、改善を望んでいるからだ。

もし、メールを出す側の心理を想像すると、私が全く知らない人のことを引き合いに出したとしても、私は何も気づくことができないはずであり、メールを出した後の効果も期待できないからである。

こうして、昨日もらったメールについて、こうして私が一方的に解釈している姿を、私がここで取り上げることで、メールの送信者はどう感じるのであろう。

取り上げないでほしいと思うのであろうか。

もし、取り上げないでほしいのであれば、それは詫びるしかない。

だが、折角頂いたメールから、私は、私にも責任があることと、そのような状態を招いていることへの叫びについて、単にメールに返信するのではなく、同様に思っている人への返信の意味も含め、取り上げることを許して頂きたい。

まず、内弁慶に外地蔵というようなリーダーは、リーダー失格という次元ではなく、人の上に立つ人間としてあってはならないのであるという表現は、私への戒めでもあり、かつ、現実にそのようなリーダーが存在することも認める。

そのような姿を見かけるからこそ、私は、それに対し、気づいてほしいとの思いから、内弁慶に外地蔵という内容を書いた。

そして、もう一つ知ってほしいことは、私自身も認めるが、一部のリーダーがそうだというのではなく、社外も含め大部分のリーダーが、内弁慶に外地蔵なのである。

だからこそ、わが社のリーダーには、そのことに気づき、少しでも改善しようとしてほしいのである。そして、それは同時に私自身にも同じである。

そして、そのような人間がリーダーになっていることを知っているにも関わらず、それを任命した責任は、当然、私にある。だが、言い訳ではないが、もう一度繰り返すと、わが社のリーダーに限らず、私が知る限り、社外も含め大部分のリーダーが、内弁慶に外地蔵なのである。

だから仕方ないと言うつもりはない。しかし、私はこのような内容を取り上げることによって、少なくてもわが社のリーダーなら、きっと気づいてくれるはずと信じているのだ。そして、私も含め、今のリーダーは、内弁慶に外地蔵であることを痛切に自覚し、何とかそれを改善しようと試みている最中であると期待しているのだ。

もし、この内容を読んでも、あるいは全くこのブログに関心がないために読んでいないとしても、内弁慶に外地蔵であることを自覚していないような人がいるなら、私は、任命を誤ったと言えよう。誤った以上、その立場を外す以外にない。それが私の責任である。

私は『部下からの叫びに耳を傾けよ』の中で、『私が言うのではなく、部下からの叫びである。頼むから、何の能力がなくても良いから、責任感だけは持ってほしいとの願いである。』と書いた。

部下の叫びに耳を傾けるのは、上司の責務である。私には、部下の叫びが、痛ましく聞こえてならない。「なんでこんな人の下で働かなくてはならないのか」と。

私はそれを考えるととても悲しくなる。私が信頼して、きっと判ってくれるだろうと期待してリーダーにした人間が、嫌だと言われる。それは、私の見る目の無さでもあるのだ。

しかし、私は神様ではない。正直言って、人を見る目など備えていない。だからもう一度言おう。頼むから、何の能力がなくても良いから、責任感だけは持ってほしいと。

その組織に中で、最も責任感さえ強い人であるなら、そこから先は、次第に解決してくれよう。しかし、もし、そのリーダーよりも、責任感の強い人がいるとしたら、それは完全に私の人選ミスである。

リーダーにとって、最小限のスキルは、その組織に中で、最も責任感が強いことである。そうすれば、きっと部下の叫びにも耳を傾けられるはずだ。

最後まで読んで頂き、感謝申し上げます。

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投稿者 :堀田信弘: 2010年1月 9日 05:33