【堀田信弘の今日の語録】 2010年9月 3日 『 左手と右手は、矛盾だらけだが、決して片方が無くなっても良いと言うものではない。矛盾の両輪は、私の目指すところ。』


求める人材  「活・喝・勝」


中間管理職を廃止する

リーダーが正々堂々としなければ、公明正大な経営などできやしない。リーダーは、部下を率いる人なのだ。だから私は、中間管理職という言葉が嫌いだ。中間という意味が曖昧性を持たせるからである、誤解を生むからである。

中間とは、何と何の中間なのか。それをどれほどまでに理解して、中間という言葉を使用しているだろうか。

本来、中間管理職とは、管理職でありながら上位の管理職の下に位置し、部門管理を担当する人のことを言う。これは、所謂ピラミッド型の組織形態の時に用いられた考え方だ。部長の下に、次長や課長、係長と階層化した際の、次長や課長、係長のような人のことである。

もし、組織ができるだけフラット化され、階層化が少なくなればなるほど、中間に位置づけられる人は少なくなる。役員は管理職ではなく、執行責任を持った経営層であるから、その役員が直接指揮できる人は、職名に限らず、全員が管理職であり、同時に役員のスタッフなのだ。

そして、それらの管理職は、役員の意向を汲み取り、それぞれが部下を指揮する。そうすれば、中間管理職など不要になるのだ。

私は、そのような組織階層が望ましいと思っている。

社長の補佐役として、役員が存在する。全てが社長の意向に従って、行動する。業績が悪ければ、社長は退陣し、その社長の傍にいた役員も一旦、一般社員に戻る。新社長が、自分の意向通りに行動できる社員を役員に抜擢すれば良い。

役員は、社長のスタッフである。

私の事務所では、私の机を中心に、全役員が集まっている。まさにスタッフ機構として機能させるためである。

そして、役員には、それぞれ社長より役目を持たされる。これがミッションだ。役員の役目は、社長の意向通りに成果が上がるようにミッションを遂行することである。社長の意向に反した行動は、絶対にあり得ない、それはミッション違反だからだ。

ミッションを遂行するにあたっては、管理職を持つことができる。管理職は、役員というリーダーを支えるスタッフであり、部下をマネージメントする責任を負う。

これが最も階層の少ない組織であろう。

こうなれば、中間管理職など不要である。

だから、私は、できるだけそれに近い組織形成にして行こうと考えている。

そうすれば、必然的に、中間管理職の中間という意味が曖昧性を持たせり、誤解を生むことも無くなるであろう。

中間という言葉になぜ誤解を生んでいるかには理由がある。

それは、本来の中間管理職の意味である、管理職でありながら上位の管理職の下に位置し、部門管理を担当する人のことを言うということを知らない。

中間という言葉を、一般従業員と上位管理職との間に挟まっているというように受け取られているからに他ならない。これは、世の中の風潮であって、中間管理職の定義には反した完全な誤解である。

このような誤解が生じたのは、本来の意味の管理職でありながら上位の管理職の下に位置し、部門管理を担当する人ということが正しく理解されておらず、上からも言われ、下からも言われる立場というのが風潮になったからだ。

上からも言われ、下からも言われる立場と考える時点で、もはや管理職ではない。管理職の器にないのだ。管理職の器にないから、上からも言われ、下からも言われるのだ。能力のない管理職だから自業自得である。そのような中間管理職が多いから、風潮のほうが正しく捉えられているのだ。

そのようなダメ管理職の登場により、一般従業員までもが誤解をするようになる。

中間管理職とは、従業員と会社側の間に入って、自分たちの意見を代弁してくれるはずだと。我々の代弁者だと。

完全に誤っている。誤解ではなく、誤りである。

労働基準法において、管理職に中間などという概念は存在しない。中間であろうがなかろうが、管理職なのだ。管理職ということは、会社側(使用者)であり、従業員と会社側の中間に位置づけられるはずもないのだ。組合があれば、管理職は入ることができないのだから、組合員の代弁をするということはあり得ないのである。

会社側、つまり、それは経営者の代弁者である。従業員の代弁者ではない。従業員の代弁者は、組合であったり社員代表であって、管理職は該当しないのだ。それを心得よ。

それなのに、能力のない管理職ほど、下から突き上げられる。訳の判らない説明をする能力のない管理職に、従業員の不満がぶつけられるのだ。

経営者の意向を伝え、従業員をマネージメントするのが管理職であるのにも関わらず、能力がないために、従業員からぶつけられた内容を自分で解決することができない。解決できないから、上に相談する。

それを見た従業員は、結局この管理職は、自分では判断できない役に立たない管理職だと見捨て、上を出せと言わんばかりに、上に伝えるよう突き上げる。

そもそもこのようなことが起きるのは、管理職が管理職として、経営者の代弁者であり、同類であるという認識の欠如によって起こる。経営者の考え方が自身で、理解できておらず、自分も経営者の意向通りに動けない。だから、従業員に説明をする時、「上が言っているから」と自分自身の言葉で話すことができないのだ。

「会社の方針は、私の方針だ」と言い切れないのだ。つまり、管理職として失格な人間、管理職と従業員の中間にいるような中途半端な人間を管理職にしたからだ。名実ともの中間管理職となってしまったのだ。そんな中間管理職は廃止してしまえ。

私にとって、管理職は、役員の直轄のスタッフである。役員が直接指揮できる人のことだ。役員の意図することを理解できる人である。それが大前提である。それができなければ、マネージメント能力の良し悪しは二の次である。意図できなければ、どんなに有能であっても、管理職にすべきでない。

なぜなら、そのような人間ほど、最も足を引っ張るからである。その人のためにも、従業員のままで、優秀な成績を上げさせたほうが幸せである。

私には、部長も課長も、マネージャーも皆同じ管理職としか思っていない。同列だ。違うのは、駅長のように、大きな駅を任される部長と、小さな駅を任されるマネージャーがいるだけで、駅長という立場である管理職に違いはないのである。だから、中間もクソもない。

もう一度言う。管理職は、経営者の代弁者だ。従業員の代弁者ではない。

従業員の代弁をするのではなく、従業員が考えていることを、自分で分析し、その解決方法を考えるのだ。その取り組み状況は、上司である役員に報告すれば良い。そうすれば、自ずと役員は、現場の状況を理解できるはずである。

経営者の代弁者なら、経営者よりももっとわかり易く説明できるような能力が求められる。それは、経営者予備軍である管理職の責務だ。管理職は、その振る舞いが経営的視点を持てるかで、将来経営者になり得る予備軍なのである。

中間などいう考えを一瞬たりとも思っては、管理職失格だ。経営的視点がもてないのだから、一従業員に戻ったほうが懸命だ。

私は、そのような考えを持つ、中間管理職を廃止する。不要だ。

邪魔だ。

迷惑だ。

中間などありえないのだ。

どんな職名であろうが、それを名乗った時点で、その組織のリーダーなのだ。

リーダーに、中間などない。判るだろうリーダーよ。判らないのなら、その職名を自ら外してくれ、部下のために。私は、そんな組織の部下が可愛そうでならない。

だから、中間管理職は廃止しようではないか。中間という考えを捨て去るのだ。

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投稿者 :堀田信弘: 2010年1月13日 05:07