【堀田信弘の今日の語録】 『この会社は、きっと伸びるだろうな。他の会社と違うことができること自体に可能性を秘めているから。』


組織について  「活・喝・勝」


信賞必罰

私は、日々の運営の中で、二つ視点を持って、部下と関わりを持っている。一つは、私と最も近い関係にある幹部、つまり上司たちとの関わりである。そして、もうひとつは、中堅社員から下の若手社員との関わりである。

まず、コミュニケーションという意味では、上司たちとの関わりは多く、濃い。それに対し、若手社員との関わりは、薄い。その理由は、私にとって、私の代弁者である上司には、最も私の考えを理解してほしいからである。

彼らが、私の考えを、彼らの自分の言葉で部下に伝えるという上司として当然の行為をしてくれれば、私が、直接一般社員に関わらなくても、間接的に関わっているのと同等だと考えるからである。

それに、私が、一般社員と関わる場合は、一対一ではなく、私と大人数という構図であるべきだと思っている。それに訳は、一つは、本来、直属の上司がやるべきことと明確に異なるようにしなければならないことである。私が、一人一人と話しをすること自体は悪くないのだが、それでは上司の役目を私が奪うことであり、上司の立場がないであろう。

それと、大人数という集団での話し合いや、交渉、時には会社への不満、不安などについては、末端の声をトップに伝えたいということがあろう。個人のことではなく、会社がどうなって行くのかというような方向性については、私が対応すべきだと思っている。

このように、私は、上司たちへの関わりと、若手社員との関わりを明確に別けている。

そして、私が、それを明確に別けている最大の理由は、さらに別にあるのだ。

それは、このブログにも表れている。

私は、全社員向けの朝礼ブログと、このブログでは、全く内容も文体も表現も変えている。それは、読む対象者が異なるからだ。だから、言わんとすることも当然に異なるのである。

このブログで私が書くこの内容は、リーダーやリーダーを目指そうという人のためのものであって、一度たりとも、全社員に読むことを押し付けたりはしていない。大体にして、この厳しい口調の文体は、怖ささえ感じる若手社員が出ることもあろう。ここで私が言っていることは、全社員への指示でも要求でもなく、あくまでもリーダーへのメッセージなのである。

そして、なぜ、このブログの文体は、厳しく、怖く、怒っているのだろうか。

それが、上司たちへの関わりと、若手社員との関わりを明確に別けている最大の理由の答えである。

私は、このブログを通じて、私という自身も含めて、上の立場に立つ人への喝を入れているのである。簡単に言えば、叱っているのである。褒めることは1あったとしても、残りの99は叱ることである。

その意味が分かろうか。

中国の兵法書である六韜(りくとう)に、「殺は大を貴び、賞は小を貴ぶ。刑、上に極まり、賞、下に通ずれば。これ将威に行なわれる所なり」 とある。

この意味は、罰を与える場合は上位者に対して行うべきであり、賞を与える場合は下位者に与えた方が良いという意味だ。

ある人を昇格させる時、私は皆に向かって、「これからは、この人の指示に従って下さい。この人の指示は私の指示だと思って下さい。もし、皆さんが彼に不満があったとして、それを私に言ってきたとしても、私は彼と同じ答えを言うことでしょう」と紹介するのだ。

それは、その昇格した人間への支援の証であり、同時に、責任の重さを痛感させるためである。私が選んだ、私の代弁者となるべき上司は、私と一心同体でなくてはならないのである。それを示すと共に、それができない場合の罰の重さも担うということである。これが、組織である。

大昔、仁、義、徳を基本とする韓の国は、次第に国勢が衰え、周囲から侵略され領土を削り取られ、国家滅亡に危機に陥っていた。その最大の理由は、韓王が、仁、義、徳から、さらに情が生まれることになり、仁、義、徳という曖昧な考えと、情による不合理、理不尽な采配が行われるようになって、組織の統制が取れなくなっていたからだ。

そこに、韓非という思想家が、韓王に意見を具申した。それが、韓非子という意見書である。その中の有名な言葉が、信賞必罰だ。

信賞必罰とは、功の有った者には必ず賞を与え、罪を犯した者には必ず罰を与える。賞罰を厳格に行うことという意味だ。

韓非、韓王に情に流されず、賞罰を厳格に行うことが組織を統制する上で、最も重要なことだと説いた。それまでの韓王は、仁、義、徳だという、一見人間として素晴らしいように思える主観に頼っていた。しかし、人間とは、悪知恵が働くもので、韓王に伝わってくる仁、義、徳が、必ずしも実態を反映しているとは言えない。

王に好かれるために、様々な裏工作をして、仁、義、徳を偽装できるのだ。これが人間の差がであり、同時に、そう簡単に仁、義、徳を主観ではなく、客観的に把握しようとすること自体が間違っているのである。

私は、これまでも厳格に信賞必罰を行ってきた。

降格も、給与削減も、情や理由に関係なく。

これができなような組織は、間違いなく腐る。そして、韓の国のように、滅亡に危機に陥るであろう。

特に、部長等の幹部への必罰は、全体に避けて通ってはならないである。私は、誰が何と言おうとも、遂行する。それで、組織が腐るというのなら、そんな組織解体したほうがまだましだ。

最後まで読んで頂き、感謝申し上げます。

毎朝6時に社内朝礼ブログをこちらで公開しています。こちらもご覧頂けたら幸いです。

この内容に共感頂けたらこちらをクリックして下さい。ありがとうございます。

投稿者 :堀田信弘: 2010年2月10日 05:50