【堀田信弘の今日の語録】 『この会社は、きっと伸びるだろうな。他の会社と違うことができること自体に可能性を秘めているから。』


求める人材  「活・喝・勝」


明日することを今日してしまえ

2009年1月1日、私は『今年は、やることに、やらなければならないことに一々優先順位などつけていられない。全てが同じ優先順位で、どれもが重要だと考える。今年は、例年と同じような安直な考えでは到底乗り切れないのである。

優先順位などつけている場合でない。どれもこれも、次から次からすぐにやらなければならない。このような考えで、行動しないで、いつできるのか。』と『今やらないでいつやるのか』の中で書いた。

学生時代に初めてアルバイトをした時、私が最初に叱られたのは、動かなかったことだ。

私の最初のバイトは、パブレストランのウェイーターであった。注文を取ったり、片付けたり、出来上がった料理を運んだりする。

仕事をし始めて間もない頃、少しだけ間が空いた時間があったため、私は、ホールの端に立って、お客さまの様子を覗っていた。私なりに、食べ終えて片付ける皿がないか、あるいは注文を告げようとしているお客はいないか、立って見てた。

すると店長が傍にやってきて、「歩き回れ、突っ立ったままでは、お客の様子が判らない。動け。働くというのは動くことなんだよ」と叱られた。

働くということは動くことというのが、今でも忘れないない。動かなければ、働いていないということだ。

私は、歩いてみた。すると、お客さまから声が掛かったり、空いている皿が見つかることに気づいたのだ。動かなければ、何も見えないし、何も始まらないことを、初めて知った。

ほんの些細なことだ。ずっと動き回れば良いだけなのだ。これは、『あなたは仕事が大好きですか』と尋ねられた時、自信を持って大好きだと言えない人には、無理であろう。

それ以来、自分が客として食事に行くと、ただ突っ立っている店員がいる店がいかに多いか気づいた。時には、店員同士で話をしている姿も嫌に感じるようになった。

私は、18才の時から、人は動くことが働くことだと、思うようになった。

今では、その考えは、どんな仕事にでも言える。

動いていない人は、働いていない。

そして、最も怖いことは、それが当たり前だと日常化してしまうことである。

その結果、今日できることでも、明日やるようになる。直ぐできることでも、後回しにするようになるのだ。私からすれば、その姿は、ただ突っ立っているように見える。

なぜ、直ぐにやれることを直ぐにやれないか。直ぐに終わることを後回しにしてしまうのか。

一言で言えば、能力がないということだ。

能力には、処理能力と瞬発能力がある。処理能力は、時間当たりに処理できる能力である。この能力が高ければ、一つの仕事を終える時間が短いということになる。

瞬発能力とは、仕事が発生してから、取り掛かるまでの時間である。この能力が高ければ、一つの仕事が発生してから終えるまでの時間が速いということになる。

一つだけの仕事なら、処理能力も瞬発能力も関係ない。同時に複数の仕事が発生した時に、その差が出るのだ。

ウェイーターをやって気づいたことは、動き回っていると、仕事が溜まらないということであった。自ら仕事を見つけに行くという動きをしているから、いち早く事象に気づき、すぐさま対応に当たれるのである。この考えは、忙しいときほど、その差は歴然とした。

ただ突っ立っている時は、仕事の発生に気づくことが遅れる。つまり、瞬発能力がない状態である。そのため、気づいた仕事を処理しようと動き出すと、すぐ傍に片付けなければならない仕事が次々にあることに気づき、処理できなくなる。

そうして、一旦バタバタすると、そんな時に限って、次々とお客から声が掛かる。もう、処理能力が一杯一杯な状態である。

同じ人間でも、ただ突っ立っている時と、動き回るようになってからは、これほどまでに差がでるのだ。

仕事ができる人というのは、多くの仕事をこなせる人でもある。そのような人が、動いている人であり、それこそが働いていることなのである。

自らが動いていない人は、仕方なく動かされている人であり、働いているのではなく、働かされている人。そのような気持ちでは、能力もクソもない。

なぜ、今日できることを明日するのか。今すぐできる些細なことを、後回しにするのか。それほどまでに仕事が嫌いか。

私は、スーパーコンピュータのエンジニアをしていた時、マルチタスクについて徹底的に調査、分析していた。

限られたコンピュータの資源、処理能力の中で、どのようにしたら、多くのジョブ(仕事)を効率良く処理するかということを、設定する。

例えば、異なる3本のジョブを全く同じ優先順位で実行するとしよう。3本全てが終わるまでの時間を計測すると、この考え方が、最も多くの時間を費やすことになる。その理由は、簡単に言うと、それぞれが資源を取り合いになるからである。

最も早く終えるには、最も短い時間で終わるジョブを優先して終えてしまうという考え方である。最も短いジョブを短時間で終えることに資源を割り振ると、当然、同じ優先度で処理するよりも、その短いジョブは一気に終えることができる。

そのため、今度は、残り2本のジョブで、資源の配分を考えれば良いのだ。次に考えるのは、どちらのジョブがより大きな資源を使用するのか、処理時間を要するのか分析する。

このようにして、どうしたら、全てのジョブをできるだけ早く終えるには、どうしたら良いかを常に考えながら処理するのである。その時に重要なことは、資源に空きがでないようにすることと、資源が枯渇しないようにすることという、両方を考慮することである。

似たようなことは、パソコンを利用していても体験することがあるはず。多くのアプリケーションを同時に起動していると、資源の取り合いになって、全ての処理が遅くなる。最も早く処理したいものを優先しなければ、優先しない使われていないアプリケーションのために遅くなってしまうのである。

このことは、人間にも言える。

仕事が溜まりやすい人とそうでない人は、処理能力の差もあろうが、それ以上に、優先順位のつけ方に大きな差があるのである。もっと言えば、処理能力よりも、すぐに仕事を始めるという瞬発能力に対する考え方に大きな差があるのである。

その差こそが、ボーと考えている時間を少なくし、動く時間を多く持つということだ。つまり、動くことこそが働くことなのである。

今日できることを明日するな。今すぐできる些細なことを、後回しにするな。それだけで変わる。

そして、もっと言えば、明日することまでをも今日してしまえ。早め早めに処理するのだ。そうすれば、明日どんな割り込みがあっても、バタバタしないはず。

今日できることを明日しているようでは能無しだ。今日できること今日のうちにするのは、普通だ。明日することを今日してしまうのが、仕事の達人ではないか。

そして、それは仕事が大好きでなくてはできないであろう。まずは、仕事を好きになることだ。それは、経営者なら当然なことである。

最後まで読んで頂き、感謝申し上げます。

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投稿者 :堀田信弘: 2010年2月16日 05:52