【堀田信弘の今日の語録】 『この会社は、きっと伸びるだろうな。他の会社と違うことができること自体に可能性を秘めているから。』


リーダーについて  「活・喝・勝」


駄目な上司と駄目な部下

親離れ、子離れ。親離れできない子の大半は、子離れできない親がいるからである。任せることができない上司と、任されない部下。これは、親離れ、子離れとは似て非なる。任せようとしても、任されようとしない部下もいあるし、任せてほしいと思っているのに、任すことができない上司がいるからだ。

私は、部下も上司も両方経験した。

任せられない上司の下でも働いた。任せ切りの上司の下でも働いた。

到底、任せられない部下もいた。任せても受けてくれない部下もいた。

上司は、部下に対して、リーダーシップを発揮する。それが発揮できなければ、任せるも任せないもない。

部下は、上司に対して、フォローワーシップを発揮する。それが発揮できなければ、任してくれるも、任せてもらえないもない。

上司は、リーダーシップを発揮して、自らが目指す方向が実現できるように、部下に託す。それが任せるということだ。もし、上司から任されていないと感じるのなら、その部下に託せないからである。

それは、その部下が、上司が目指す方向を理解できない、あるいは、部下が上司に対するフォローワーシップがないからである。

部下は、フォローワーシップを発揮して、上司が目指す方向が実現できるように、上司を支える。それが任されるということだ。もし、部下に任せることができないと感じるのなら、その上司が支えてもらえていないからである。

それは、その上司が、部下に自分が目指す方向を理解させてない、あるいは、上司が部下に対するリーダーシップがないからである。

任せることができない上司と、任されない部下。表裏一体である。

そんな中、上司が任せても、任された側の部下が、責任を全うできないことについて述べよう。

以前私は『お前じゃ話にならない 上を出せ』の中で、『「上を出せと言われました」と言うのは、自分の無能さを余りにも認識していない。それは、お前では、到底その責任を全う出来ないということを自らが表明しているようなものである。』と書いた。

このケースが、上司が任せても、任された側の部下が、責任を全うできないことの代表的な例だ。

何度も繰り返すが、部下は、上司に対して、フォローワーシップを発揮するのが仕事だ。仮に、フォローワーシップの発揮をプラスと評価とすれば、フォローワーシップがないのはゼロである。それなら、ゼロだから無能な部下という程度で済もう。

問題なことは、マイナスの部下である。つまり、フォローワーシップどころか、上司の足を引っ張る部下である。

上司の不足している点を補うのが部下の仕事だが、『上司の仕事を増やす馬鹿な部下』ほど困ったものはない。

そのような部下は、部下をフォローするのが上司の仕事だと思っている。つまり、上司は、部下をフォローシップしろ考えているのである。

それは全くの間違いである。上司は、部下をリードして、少し足りないと思いながらも、少し高めに仕事を与えることで、部下を成長させようとする。

当然、そこにはアドバスも必要だし、不足している際の対策も必要だ。

しかし、部下ができないことを上司が手助けすることではない。『部下の仕事をする上司』は、部下と同等の報酬にすべきなのである。

任された部下は、自分には権限がないだとか、決済できないだとかと言わず、上司の方向性にあった結論を導くように、自らの責任を全うすることである。

一方、任せきりの上司というのも問題である。

見方によっては、何の一言も言わず、一旦任せると言ったら、最後まで口を出さないというのは、とても良い上司に思えるが、決してそうとは言えないものである。

私が知っている限り、そのような上司は、責任逃れを考えている可能性がある。政治家が秘書に任せきりにすることで、自らに責任が及ばないことを考えているようなものである。

任せると言って、口を出さないということは、自分は一任し、関与していないということになるからだ。もしそのような考えがあるとしたら、許しがたい上司である。

本来、権限委譲という考え方からすると、一切口を出さないで、任せきりにするということはあり得ない。権限委譲というには、例え、権限を委譲したとしても、委譲した側にも委譲された側にも、双方に責任があるのである。

もし、全面的に任せると言ったとしても、責任を逃れるということはあり得ないのだ。もし、自分にも責任があるという強い認識があれば、途中経過での報告も求めるであろう。責任を痛感していたら、失敗しないか心配になるのは当然なことであろう。

政治家の場合でも、今は昔と違って、秘書がやりましたでは済まないのだ。責任逃れは許されないのである。

もし、本当に、任せると言って、口を出さないと言うのなら、「責任は全て俺が取るから思えは自由にやれ」と告げるべきだ。そして、その部下の責任は問わないことである。

それができないのなら、ずるい。放任し、放置し、責任を取らせるような考え方は、上司として最低である。

上司は、部下に対して、リーダーシップを発揮する。それが発揮できなければ、任せるも任せないもない。

部下は、上司に対して、フォローワーシップを発揮する。それが発揮できなければ、任してくれるも、任せてもらえないもない。

両方が、それぞれの立場を全うすることである。

駄目な上司と駄目な部下。どっちもどっちだ。

最後まで読んで頂き、感謝申し上げます。

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投稿者 :堀田信弘: 2010年3月16日 05:26