【堀田信弘の今日の語録】 2010年9月 8日 『中身じゃないよ見た目だよ。中身がしっかりしているのなら、見た目もしっかりすれば良いんだよ。見た目がしっかりしていても、中身がないんじゃ話にならないが。』


企業経営について  「活・喝・勝」


内向きの改革と外向きの改革

改革は何のためにするのか。例えば、意識改革。何のために意識を改革するのか。これまでの意識を改革し、新しい意識を持つようにすることで、何の狙いがあるか。その狙いが明確でなければ、改革の方向性が誤ってしまう。

リーダーが「改革する。」と声高に叫んでも、改革された後の姿が、現状よりも悪くなるのであれば誰も従わない。誰だって改悪は嫌だ。つまり、改革とは、現状を見直し、現状よりも良くするために行うという原則を忘れてはならないのだ。

例えば、現在がどん底だとしよう。そのどん底から抜き出すために改革をする。その改革によって、どん底から抜け出し、少なくても現状よりは良くするために行うのであろう。

しかし、そのための改革は、必ず現状よりも良くなる、つまり現状より成長する、現状よりも悪化しないという目標がなければならない。

だが、その良くなるというのは、誰にとって良くなるのか。経営者のためか、従業員のためなのか。会社のためという大義名分はあっても、本当にそれは何のための改革なのか。

経営者や政治家は、軽々しく改革には痛みが伴うという。それは、改革を実施する側で、実施される側ではないから言えるのであろう。痛みを伴う側に、現状よりも悪くなるということを高々と宣言しているに過ぎないのかも知れない。

それは、現状より悪くなる人が存在してくれなければ、その他の良くなる人を生み出せないという論理があるのである。

このような話を知って、誰が、そのリーダーの改革に従うか。つまり、改革は失敗し、現状よりももっと悪くなるのある。

よく改革には、内向きの改革と外向きの改革があると言われている。

一般的に内向きの改革とは、マイナス要因の払しょくである。それに対し、外向きの改革とは、成長を促進させる施策である。

通常改革とは、この両方を同時に進めなければ、決して上手く行かない。

先日、経済雑誌に、JALが2007年2月に発表した新経営計画発表の内容が掲載されていた。

社長の年収を部長級ほどに下げ、グループの人件費を500億円削減、役員報酬を6割カット、役員室、社用車を廃止、赤字路線の廃止をするというものだ。経営計画には、マイナス要因を払しょくする改革はあっても、成長を促す外向けの改革が全く無かったという。

そして、この内向きだけの改革は失敗したと結論付けられていた。プラスになるための改革は皆無だったのだ。

社長や役員の給与が下がるのは、社員の給与を下げるための口実になる。自分も下がったのだから、我慢してくれと。挙句の果てには、上がこんなに苦労しているのだから、下ももっと苦労してくれと押しつけるようになることだ。

社長が部長ほどの給与に下げても、それでも部長ほどの給与がもらえる。それでも一般社員よりも高いではないかと批判を受ければ、それならばと社長が一般社員と同じ給与にしたらどうなるだろう。

そんなに厳しい時期に、その社長は、自分の給与よりも高い人がいることを認めることができようか。認められるのであれば、その社長は素晴らしい。給与などなしで社長を務めれば良い。

だが、考えて見れば、最も責任が重い社長が、給与がないという状態だとしたら、誰がその職責を全うできよう。仮に一年間はできたとしても、社長自身が生活ができなくなれば、そこで終わりになるはずだ。どんなに責任があるからと言っても、給与ゼロで生活ができなければ、辞めたほうが遥かに楽である。

そして、それで辞めるのも無責任だ。その次に社長になる人は、同じく給与ゼロで受けようか。同じことを繰り返すだけであろう。

コスト削減や人員削減も否定しないが、内向きの改革だけを考えていると、このような行く末になる。つまり、内向きの改革では、痛みだけで希望は生まれないのだ。

だからこそ、外向きの改革が必要なのである。

これまで強かったものをもっと力を入れて強化するだとか、弱かったものを効率化して向上させるなど、今よりも良くなるための改革が不可欠なのである。これがなければ、改革ではないと言っても過言でないであろう。

もし、現状が100だとしたら、将来120になるようにするのが改革だ。100の中身を見て、30は内向きな改革で削れるところがあるかも知れない。しかし、それを削っただけなら70になるだけである。場合によっては、コストが減ったから、30削って95にまで利益が回復するかも知れない。あるいは、徹底的に無駄を削れば100になるかも知れない。

しかし、30削っただけでは絶対に120になることはない。例えば、削った30のうち、20を外向きの改革のために活用しなければ、コスト削減に成功しただけで、現状よりも成長させることなどできないのだ。

だから、内向きの改革と外向きの改革は両輪なのである。内向きの改革だけでは、体力を奪い、一時的にコスト削減で回復したとしても、成長戦略が欠如しているのだから、何れ、さらなる内向きの改革が求められるであろう。給与削減と人員削減という誰でもできる、改革という名の人殺しである。

それは、経営ではない。経営者だけが生き残ろうとするか、あるいは会社の存続だけを図っているに過ぎない。

私は、給与削減も人員削減も否定しない。しかし、給与を下げる人がいるのなら、上げる人もいなければ、誰が成長戦略を担ってくれようか。人員削減も必要だが、人員強化もしなければ、どの部門が伸びるのか。

経費削減もしようが、投資もしなければ、削るだけ削って後は無くなるだけでないか。

もう一度、問う。改革は何のためにするのか。存続のためのみか。それとも成長させるためか。

もし存続のためにするのなら、それは改革ではない。延命措置である。

しかし、企業とは、JALがそうであったように、内向きの改革だけの延命措置では、延命すらできないものである。

企業にとって、現状維持はあり得ない。常に成長を目指していて、それでいてやっと現状維持なのである。最初から成長など諦め、延命という現状維持を考えれば、とたんに死に近づくだけである。

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投稿者 :堀田信弘: 2010年3月20日 05:28