【堀田信弘の今日の語録】 『この会社は、きっと伸びるだろうな。他の会社と違うことができること自体に可能性を秘めているから。』


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そう言うのなら、あなたがそれをやってみな

「そう言うのなら、あなたがそれをやってみな」ということがある。この言葉を発するのは、上司の場合も部下の場合もある。

上司が部下に向かって、「そう言うのなら、あなたがそれをやってみな」という場合は、部下が上司に対し、正論や反論をするだけで、行動しようとしないからだ。

一方、部下が上司に向かって、「そう言うのなら、あなたがそれをやってみな」という場合は、上司が部下に対し、正論や反論をするだけで、行動しようとしないからだ。

結局のところ、どちら側が「そう言うのなら、あなたがそれをやってみな」と言うということは、口だけ立派なことを言って、口だけ動かして、自分では行動しないと思える時である。

部下の立場で考えて見ると、部下は、常にと言って良いくらい上司に対して「そう言うのなら、あなたがそれをやってみな」という気持ちを持っていると言って良いだろう。

部下は、常に上司から指示される側だからである。毎日、毎日、上司から「こうしろ」、「あーしろ」と言われ続けていると、上司はこちらの状況を判っているのかと部下が感じるであろうことは容易に想像できる。

このようになることは、自然なことである。部下と上司というのは、そのような関係だから自然なことなのだ。

しかし、あえて言おう。

まずは、上司に対して言う。

上司とは、常に部下が「そう言うのなら、あなたがそれをやってみな」という気持ちを持っているということを認識すべきである。それを認識できないような上司は、その部下が言うように、自分ができないことを無理やり部下に押し付けているに過ぎないのだ。

そして上司がそれを認識できているのなら、部下から言われる前に、やってみせて、行動で示すことである。

ただ私は、本来、部下がやるべきことを、上司がやってみせることが行動で示すことだとは思っていない。それをやったら、部下の「そう言うのなら、あなたがそれをやってみな」に対して肯定し、部下の仕事をやる上司になる。

私は否定する。部下がやるべきことと、上司がやるべきことは違う。上司は、上司としてやるべきことをやるのだ。「やってみな」と言われてやっているようでは、部下も上司もあったものじゃない。

上司は、部下に指示する、指令を出す。それが仕事である。それに対して部下が「そう言うのなら、あなたがそれをやってみな」という感情を持つことは否定しないが、それは部下の仕事を上司がやってみせるというのではない。

上司が上司として行動した上で、そして、その上で部下の置かれている状況、部下の気持ちを思い図るということである。まずは、上司が上司としての行動をすること、これが第一だ。

上司が上司の行動をしないで、部下を注意するだけ、部下にノルマを課すだけでは上司について行こうとしない。

私は、自分ができないことを部下に指示してはいけないとは思わない。自分ができることだけをすれば良いのではない。仮に、自分ができることだけを部下に指示していれば、部下から「そう言うのなら、あなたがそれをやってみな」と言われないのではないのである。

上司であれ、完璧ではない。例え上司自身ができないことであっても、やったことがないことであっても、部下に指示しなければならないことは山ほどある。

上司は、部下をリードする。部下は上司をフォローするべきなのだ。

その上で、今度は、「そう言うのなら、あなたがそれをやってみな」と公然と上司に言ってくるような部下は問題である。

私は先ほど、部下がそのような感情になることは自然なことだと言った。しかし、それを公然と上司に言って、上司に迫っているとすれば、もはや上司と部下との関係は崩壊している。

どんなに上司の出来が悪かろうが、上司は部下に指示を出すのが仕事だ。その指示の内容が適切でないのなら、部下は上司をフォローする立場で、上司に論理的、具体的にその指示内容がより良くなるように改善案を示すべきである。

私は、「部下は上司に意見を言うな」と言っているのではない。意見を黙殺するのではなく、意見を言えるようにすることは重要である。

しかし、「そう言うのなら、あなたがそれをやってみな」と言うのは、意見ではない。意見を言って良いというのなら、何を言っても良いというのとは違う。

上司も部下も、人間だ。人間だから様々な感情が生まれるのは自然なことである。どちらも「そう言うのなら、あなたがそれをやってみな」と思う場面が生まれることもあろう。しかし、そのような駄々をこねるような発言をしているようでは、上司と部下という関係ではなく、人間関係が上手く行かないのである。

お互いに、「そう言うのなら、あなたがそれをやってみな」という感情はどちらも持っているとした上で、その言葉を発することのないように、それぞれが、それぞれの役割を果たすようにすべきなのだ。

最後まで読んで頂き、感謝申し上げます。

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投稿者 :堀田信弘: 2010年3月24日 05:30