瓶の太さがどれほど太くても、中身の流出量・速度は、狭まった首のみに制約を受ける。この瓶の首ように、遅延の原因は、全体から見ると小さな部分が要因となり、他所をいくら向上させても状況改善が認められない。このような部分のことを、ボトルネックという。
会社で言えば、1:nの1の部分を担う上司である。上司の下に複数の部下がいる場合、その上司は複数の部下に指示を出さなければならない。もし、上司自身がビジー状態となれば指示が出せず、その下にいる部下はフルに機能が発揮できず、アイドリング状態となる。つまり、上司が瓶の首の部分であり、ボトルネックとなるのだ。
このように、上司という立場は、自身の処理能力に関わらずその立場にいるだけで、誰でもボトルネックになり得る状態にいるのである。上司は、構造的にボトルネックになり得る立場だという認識を持っている必要があろう。
この認識を持っていれば、できるだけ自分がボトルネックになってはいけないということを意識するだろう。意識すれば、自分が流れを止めず、下に流れるようにすることを考えるはずだ。
しかし以外にも、上司の中には、上司というのが構造的にボトルネックになり得る立場だという認識すらできていない人もいる。自分は優秀だから関係ない、あるいは自分の上司が自分に仕事を振り過ぎるのが問題だと考えている。
ところが考えて見れば、上司のさらに上の上司であっても、その上司と同様に、構造的にボトルネックになり得る立場にいることを忘れてしまっている。つまり、部下の立場になってみると、自分が忙しいのは、自分がボトルネックになっているのではなく、その上の上司が仕事を下に流し過ぎるのだと考えてしまうのである。
このような考え方を持っているような上司であれば、ボトルネックにならないほうが不思議なくらいだ。
そもそも上司とは、自分がボトルネックにならないように、意識して、自分が流れを止めず、下に流れるようにすることを考えるはずだ。その当たり前のことをしている上司に対し、上から流れてくるのが多いからという理由で、自分が下に流せない言い訳をするのは問題である。
どんな状況であろうが、上司は部下に仕事を流すことが仕事なのである。下に流せないということは、上司が上司としての仕事を果たせないということである。仮に、その理由が流せるほどに下が育っていないとしても、それも上司の育成能力が足りないからである。
上司とは、部下に仕事を流すが仕事である。
それができなければ、上司がボトルネックになり、下は育たず、そしてアイドリング状態となる。これは、その上司が有能、無能に関わらず、構造的なものなのである。上司である自分は、構造的にボトルネックになる位置にいるということを認識できないのであれば、話にならない。
ただ一般的に多くの人は、上司であれば、構造的にボトルネックになる位置にいるということくらいは認識できている。
認識できているのに、実体はボトルネックになってしまうことを悩んでいる上司も少なくないはずだ。
この問題を解決するには、上司自身が仕事を抱えず、下への采配能力を高めたり、流せる部下を増やすといった育成能力を高めたりすることが必要になる。
しかし、私は、それを乗り越えるために苦労するのが上司の役目であって、今回は、下に流せない上司を批判、無能だなんて言うつもりはない。構造的にボトルネックになる位置にいて、そのままボトネックにハマってしまっているのは、自然であり、必然的であるからである。
私が今回、この内容で最も伝えたいことは、そのような状態になった時、その上の上司に不満を抱くことである。もっと簡潔に言えば、不満に思うことはすなわち、その上司の部下として不適格であるということである。上司の前に、部下として無能だということである。
無能な部下が、有能な上司になるはずがない。部下として無能であるのだから、その無能者がさらにしたの部下に仕事を流したり、部下を育てたりできるはずがないのだ。
自分がボトルネック状態になった時、その原因をその上の上司のせいに、不満を持つ。上が自分に仕事を振るから、自分は一杯一杯になってしまうと考える。
このような考えを持つのは、末端の部下である。つまり、上司に不満を持つような上司は、未だに末端の部下と同じような気持ちでいるのだ。末端の部下がそう考えるのはある意味で仕方ないかも知れないが、その上の上司が同じようなレベルであったとしたら、私はその上司を認める訳には行かない。
その理由は、上司に不満を持つからではなく、その上司の部下にとって可哀そうだからである。部下を育てたり、部下に任せたりすることができず、自分が忙しいことを理由に部下に指示が出せないような人が上司になっているとすれば、その下で働く部下は不幸である。
そのような上司の下にいると、その上司から教えを受けず、任されず、伸びず、決してその上司を越えるような人には育たないであろう。不幸だ。
だから、私は、上司でありながら、末端の部下と同じように、上司が仕事を流し過ぎるから、忙しいのだと考えているような上司はあってはならないと思っている。
そのような上司は、上司から新しい仕事の指示をされると、自分が手一杯で、下に仕事を流すことができないから、それを上司にやつあたりする。本来なら、進んで上司の仕事を受取り、フォロワーシップをしなければならないのに、それができない。部下へリーダーシップができないから、その上の上司にフォロワーシップもできないのだ。
簡単に言えば、下に不満があるから、上に不満を持つのである。つまり、ボトルネック人間である。
もう一度言おう。上司とは、部下に仕事を流すが仕事である。
上司が部下であるあなたに仕事を流すのは、当たり前のことなのだ。その当たり前のことを理解できないで、不満に思い、上司のフォロワーシップができないのであれば、部下として失格だ。
上司とは、部下に仕事を流すが仕事である。上司であるあなたが、部下に仕事を流せないとしたら、上司としての仕事をしていない証拠である。部下を育てることも、任せることもできない無能な上司である。上司として失格だ。そんな上司の下で働く部下は不幸である。
部下として失格なことを棚に置いて、上司に不満を持ち、上司とても失格なのに、部下にも不満を持つとすれば、一番不幸なのは部下のほうだ。
ボトルネックに陥ると、上からも下から使えないと思われてしまうのである。だから、ボトルネックになることはあってはならないのである。
それを反省もできず、上にも下にも不満を言っているようでは、人間失格である。
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投稿者 :堀田信弘: 2010年3月28日 05:32