不のエネルギーに取りつかれたままでいれば、自分だけでなく、周囲にいる人たちを不幸にしてしまうと思いました。そして、胸が詰めつけられるように息苦しくなりました。悲しくなりました。
血の繋がっている息子でありながら、言葉が話せないというだけの理由で、息子の心を理解できなかったのです。
息子一人の心を理解できないような人間が、人の上に立って、多くの人の立場を考え、その人たちの気持ちを理解することなどできるはずもないのです。
息子は、車に乗っても、家に着くまでずっとシクシクと泣いていました。そのシクシクと泣く姿を見て、たまらず涙が止まらなくなりました。
重度の知的障害者でも、人間です。人間には、感情があるのです。そして、心があるのです。
シクシクと泣いている様子を見ながら、それほどまでに彼は何が悲しくて辛いのだろうと考えました。
誤解されて叱られたことが悲しいのだろうか。あるいは、氷の上で転ぶかも知れないという恐怖の中で二時間も我慢したことが、辛かったのだろうかと考えました。
でもずっとシクシクと泣いているのは、きっと自分の心、自分の気持ちが、最も身近で、最も頼りになるはずの自分の父親にさえも通じないということが、とても悲しかったのかも知れないと思いました。
情けなくなりました。悔しくなりました。辛くなりました。
そんな人間が『怒』という名のもとに、他人を批判したり、注意したり、叱ったりすることなどしてはならないのだと痛感したのです。自分の未熟さと、自分の身勝手さに失望したのです。
これからほんの少しづつでも、『怒』を捨てた生き方をしたいと考えています。
しかし、宗教家ではありません。人間がそう簡単に変われないことなど、これまでもここで何度も書いています。そう簡単に変われないのが人間であり、自分も同じであることも十分に知っています。『怒』を捨てるなど、これまで『怒』を中心に語っていたものが、簡単にできるはずがありません。
恐らく、心の中まで変えることはすぐにはできないでしょう。でも、ここで書くという行動くらいは、変えていければと考えています。行動を変えることで、少しでも『怒』を解毒できればと良いのですが。毎日の行動が変われば、そしてそれを継続できれば、やがて考え方も、あるいは性格させも変えることができるはずです。
これまで書いた約820余りの『怒』を消し去ることはもうできません。できなければ820を越えるまで、『怒』でないもの書く挑戦をしなければならないでしょう。過ぎたことは、後悔しません。新しい取り組みにこそ、新しい可能性があるのです。
さて、そもそも『怒』という感情はどのようなものでしょうか。
仏教には、三毒というものがあります。108ある煩悩のうち、最も根源的な貪(とん)、瞋(しん)、痴(ち)を三毒といいます。
貪(とん)とは、何かが得られれば、また何かが欲しくなるという欲です。物欲や食欲だけでなく、地位や名誉なども含まれます。
瞋(しん)とは、怒りの感情を表します。他人を批判したり、思い通りにならなかった時に起こる感情です。
痴(ち)とは、愚痴のことです。言っても仕方ないことや、不満を他人に話すことです。
仏教で言えば、『怒』という感情は、三毒の一つである瞋(しん)のことなのです。人間は、瞋(しん)という怒りの感情を持つと、怒りの炎は、その後に自分に降りかかり、自分自身をも焼けつくすとされています。それほどに怖い毒だから、その毒を持ってはならないとされているのです。
熱心な仏教徒ではありませんし、宗教を語れるほど立派な人間でもありません。本を読んで得た知識にしか過ぎませんので、本位がどうかは定かではありません。
父が亡くなるまで、宗教には全く無関心でした。無関心どころか、宗教に関する知識もほとんどありませんでした。恐らく、多くの日本人は、無宗教であり、大部分の人は、身内の人が亡くなるまで、宗教との接点は誰しも無いのではないでしょうか。
しかも父が亡くなった後も、特段に熱心な信者ということではありません。しかし、父の死によって、仏教だけでなく、キリスト教、イスラム教、ユダヤ教、ヒンドゥー教など、様々な宗教について関心を持つようになったのは事実です。
目的は、どれか一つの宗教を信じるだとか、神にすがりたいというのとは違います。身近な父の死によって、人間の命のはかなさを知り、寿命や人生という価値観のようなものを感じるきっかけを得たのです。もっと単純に言えば、宗教の違いを知りたかったというだけかも知れません。
しかし本当の理由は、父の生き方、父の考え方をもっと知ろうと思ったからです。
父は、一言で言えば、叱るだけの人でした。叱るだけの人でないと知ったのは、父が亡くなってから、周囲の人から「あなたのお父さんは他人の悪口を言わない人だ」ということを聞くようになってからです。
これを知ったとき、父がとてつもない大きな存在であることに気がつきました。同時に、なぜ、父は他人の悪口を決して口にしないのだろうと、考えるようになりました。もしかすると、宗教の影響かもと考えました。
幼い頃から父に叱られてばかりでした。父に投げ飛ばされ、柱にぶつかって頭を割りました。その時の傷跡、縫い目は今でも残っています。そのような父に育ったせいか、今でも父の夢を見ると時は、決まっていつも叱られている夢ばかりです。
父は厳しかったのです。その関係は、亡くなる日の直前まで続いていました。父が亡くなってしまうと、父の代わりに心底から叱る人がいなくなってしまったという感情が一気に湧いて出てきたのです。
その感情のやり場、そして教え、あるいは叱りを得るというために、ほんの少しだけ宗教に関心を持つようになったのです。
父は生前、「自分は無宗教で、無宗派だ」と言っていました。
父は急に亡くなったので、無宗教だと言われても、何れかの方法で葬儀を行わなければなりませんでした。
父が亡くなった日は、偶然にも、父の母親が亡くなった日と同じ日でした。365分の1の確率で、親子が同じ日に亡くなるというのも運命だったのかも知れません。
父の葬儀は、祖母の宗派でもある浄土真宗の寺で葬儀を行うことになったのです。その寺は、浄土真宗を開祖した親鸞が関東で布教活動を行った寺だったのです。
祖母は、私が小学校に入学する前に亡くなりましたから、ほとんど記憶がありません。わが家の系統が、浄土真宗であったことさえも、知らなかったに等しい状態でした。それなのに半ば無理やりに浄土真宗の檀家となってしまったのです。
(次回に続く)
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投稿者 :堀田信弘: 2010年4月 3日 05:54