4月1日、東京では、桜の花が満開になろうとしています。6年前に見た桜も、今年の桜も変わりなく綺麗です。小学1年生だった末娘は、今月から6年生になります。
今日まで投稿した記事は820を越え、もう7年目を迎えようとしています。
これまではいつも『怒』を中心に言いたい放題、思うままに好き勝手に書いてきました。
『怒』のエネルギーは、書くことへのエネルギーになりました。多くの人に「毎回書き続けるのは大変ですね」と言われるけど、書く内容、ネタさえ見つかれば、以外にも書くことは苦にならないものでした。日々の出来事の中で、『怒』と感じたことがそのままネタになっていったのです。
『怒』以外のネタを見つけるのは、毎回『怒』を書き続けることよりも遥かに難しいものです。それは書く側が既に『怒』に侵されていたからなのでしょう。
『怒』は勢い付きました。
『怒』を感じると、スイスイと一気に書き始めます。
書かれる内容の良し悪しよりも、『怒』を表現することに注力したのです。
やがて、書き終えるといつも、虚しさと同時に、心が締め付けられるような嫌な気持ちにさせられていきました。書き終えた文章を、怖くて、決してその場で読み直すことができません。誤字脱字があったとしても、もう一度、同じ『怒』の気持ちに戻されることに恐れを感じたのです。
『怒』の感情は、毎日大量のコメントやメールにも表れてくるようになります。
「死ね」「バカか」「嘘つき」という文字を見る度に、『怒』に追い詰められていくのを感じました。自分が『怒』を表現しているにも関わらず、自分に『怒』を表現されれば、悲しく苦しいことを痛感させられたのです。
時々『怒』に関係のないことを書いても、どんなことを書いても一旦『怒』の感情を持ってしまったエネルギーは増大する一方で、内容に関係なく『怒』のコメント、メールは止みません。
6年の間『怒』を書き続けていると、やがて『怒』は、不幸をもたらすエネルギーになるものだということを、もう何年も前から感じるようになりました。自分が不幸になるだけではなく、周囲の人々にも不幸のエネルギーが及ぶのではと感じるのです。
奴のことが憎いという心を持つことが怒りです。怒りは、反発する心であり、他人を批判する心です。批判は人を傷つけ、さらには他を寄せ付けないバリアーとなり、寛大さ寛容さがなくなり、許す心や認める心がどんどんと遠ざかって行くのです。そして、怒りは、その力を増大させ、ブーメランのように怒りが戻ってくるのです。
ここ数年、自分自身が『怒』に侵されていくことを感じながらも、あるいは他の人から指摘を受けながらも、『怒』から逃れることができずにいました。
『怒』が自分にも跳ね返ってくるということで、自分が磨かれ、鍛えられると勝手に解釈し、『怒』を受け入れ肯定し続けようとしたのです。次第に『怒』のエネルギーに自分の気力が吸い取られて行くのを感じながらも、簡単には止めることができずにいました。
先日、重度の知的障害を持つ息子と共に、障害を持つ人たちと一緒にスケートをする機会がありました。
息子が障害者として生まれたお陰で、年に何回も、様々な障害を持つ人と接する機会を持ち、さらに彼らを支える心温かい多くのボランテイアの人たちとも出会いました。
息子はありがたくも、何度も『怒』を捨て去るきっかけを与えてくれました。恐らく、彼が生まれていなかったら、そのきっかけを得ることもなく、そればかりか、もっともっと『怒』を叫び続けたことでしょう。それなのに、未熟で無能である人間が『怒』に侵され、未だに捨て去ることができずにいたのです。
スケート場では、いつものように、息子が楽しめるように一生懸命に振る舞いました。
息子は、スケート靴を履いて、転ばないように真剣でした。やがて氷に慣れたのか、私が手を離してもゆっくりと滑るようになりました。
2時間ほど、何周も何周も滑っていました。少し汗ばむくらいになるまで滑りました。
一緒に来た他の障害者の方々も楽しそうに滑っていました。息子たちが転ぶようすを見ながら、面白可笑しく楽しんでいました。
帰る時間になりました。
息子に「帰るよ」と言うと、息子は肩をポンと叩いてきました。息子がもう少し続けたいのかと思いました。
駄々をこねていると思い、「駄目だよ」と少し厳しい口調と告げました。
息子は、大粒の涙を流しながら、声を振り絞りながら「ごめんちゃい」とごめんなさいを伝えようとしました。
その言葉を聞いてもまだ、叱られたから泣いたのだと思っていました。
息子は、スケート靴を抜き、自分の靴に履き替えました。
すると、今度は、肩を震えて、シクシクと泣き始めたのです。
息子は、たまらずに飛びつくように抱きついてきました。
大きな体をした息子が、抱かれたままシクシクと泣き続けます。彼の体は震えていました。その時、初めて、なぜ彼が泣いていたのかに気付いたのです。
息子は、氷が冷たくて、固く、転ぶことが余程怖かったのです。2時間もの間、恐怖の中におかれ、「やりたくない」とも言えずにいたのです。泣いたのは、そこから解放されてほっとしたのでした。
そんな彼の心を知らず、一方的に楽しいのだと思い込み、半ば無理やりに彼にスケートをさせたのでした。スケートが楽しいと思い込んだのは勝手な誤りでした。息子が恐ろしい気持ちでいるというようなことを察することができなかったのです。
息子は「帰るよ」という声を聞いて、解放される嬉しさを表すために肩をポンと叩いて合図を送ったのです。しかし、彼の気持ちとは裏腹に、駄々をこねて、肩を叩いたと思い込んだのでした。
父親でありながら、息子の、話すことができない息子の気持ちを判ることができなかったのです。
話すことができない息子の何気なくポンと叩いた仕草を理解できないばかりか、『怒』の気持ちにさえ思えてしまったのです。
奴のことが憎いという心を持つことが怒りです。息子のことを、駄々をこねる憎い奴と思ったのと同じです。知的障害者だと知りながら、些細なことさえも許せず、認めることができなくなっていたのです。
自分が『怒』という不のエネルギーに取りつかれていると痛切に感じました。
(次回に続く)
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投稿者 :堀田信弘: 2010年4月 1日 05:52