日本は島国で、無宗教、単一民族の日本人には、多様性を享受するということに慣れていません。そのため、多くの日本人は、個人主義と利己主義とを混同し、誤解している理解しているように感じます。
利己主義というのは、字の如く、自分の利益になることを優先し、自己本位な考え方、行動を取ることを言います。
誰が考えても、利己主義が良いはずがありません。良くないと思うのは、日本人でなくても同じです。中でも、華僑の人や、印僑の人は、利益を折半するという考えが強いので、利益を一人占めすることは、人間として恥だという考え方を持っています。
華僑の人は、アジアを中心に、同じ華僑人同士でネットワークを形成し、そのネットワークを活用して情報を共有することで、共存しようとしているのです。
印僑というのは、インド人のことです。印僑は、華僑よりも、世界全土に広がっているというのが特徴です。印僑の人たちは、それぞれの負担がどうであれ、利益を折半するという考えがあり、Win―Winを実践しているのです。
日本人の場合、Win―Winというのは言葉だけの建前で、共存共栄よりも、自分だけは生き残るという利己主義の人が多いように思えます。利益を折半するという考えを持てない人、企業が多いのです。
通常、日本企業の場合、卸す方が、仕入れる方よりも強い立場にあります。そのため、何掛けという形で仕入れるのですが、卸す側は、仕入れる側にどれだけ多く利益をもたらすかを考えていません。
ところが華僑や印僑の人たちは、どれだけ相手が儲かるかを考えることによって、儲けたいと考える人を多く集まれば集まるほど、卸し側も仕入れる側も共にハッピーになると考えるのです。
これが日本人には中々できません。自己中心、利己主義な考えがあるのでしょうか。
さらに、個人主義というのは、利己主義のことではありません。このことを混同して用いられています。
個人主義は、個々の人間の主体性、個性を重んじることです。言い換えれば、自分の主体性、個性が認められる代わりに、他人の主体性、個性をも認めるということでもあるのです。多様性を享受することとも言いかえられるかも知れません。
100人いれば100人の個性があります。国が異なれば、もっとその個性には差が生じます。さらに家庭環境や宗教によっても、考え方の違いは大きくなるはずです。
日本には、十人十色という言葉があります。十人いれば十種の個性があることから、人間の考え方や好み等が一色同様で無く、さまざま多様であることを意味します。
しかし、日本の十人十色というのは、日本人同士であることを前提にしており、言葉の違いや言わば常識外れと思えるほどの文化、習慣の違いまでは想定していないのです。
つまり、例え十人十色と言って、個性があることを認める程度で、異文化を受け入れられる状態にはなっていないのでしょう。だから、個人主義という言葉に対して、個人勝手主義のように誤解されているのだと思います。
そもそも個人主義というには、生まれ育った文化や環境の違いも含め、個人の多様性を認め、一人一人が自覚し、自立し、自らは、自己責任を持って行動するという言い方もできるでしょう。
利己主義と個人主義は、全く異なります。個人主義を利己主義と同義語に捉え、利己主義は行けないと口では言いながらも、利己主義な行動を取る人が多くいるという矛盾があるのが、現代の日本社会なのかも知れません。
個人主義が確立していないから流行に流され易く、世論も右や左に一気に行ったりきたりします。マスコミに誘導されていることを知りながらも、情に弱い日本人は、論理よりも感情で動かされてしまうのです。
日本では、連日連夜、事件の報道がなされています。
毎日発生している事件の中で、報道されるのは、悲劇的で、残虐な事件が取り上げられることは仕方ありません。
例えば、親が子供を殺したり、子供が親を殺したりするような事件は、その悲惨さや複雑さを面白可笑しく報道するにはとっておきな材料となります。
繰り返し、繰り返し報道されます。これを見た日本人は心痛みます。そして、この社会が病んでいると嘆きます。
この様子を海外で、外国人はどう見ていることでしょう。
ベトナムの社員は、「親が子供を殺したり、子が親を殺すことは野蛮で怖い」というのを聞いたことがありました。
その言葉を聞いた時は、親が子供を殺したり、子が親を殺すような事件は日本だけで起こっていて、その様子を海外でも知られるくらいに異常なことなのだと思いました。
しかし、ふと考えてみると、日本の社会が異常であることを世界中に発信していることであり、日本人の野蛮さを知ってもらいたいと言っていうようだと感じるようになりました。
日本人は、中国のように報道規制、検閲されている共産圏ではないから、ありのままの報道をされているのだと思っています。
もちろん、親が子供を殺すような事件が起きているのも事実です。問題なのは、どのテレビ局も、同じ事件を一斉に、何度も何度も繰り返し伝えることです。つまり、それぞれ別々の運営方針、理念をもとに報道しているにも関わらず、結果だけを見れば、どの局も同じだということなのです。
しかも、複数の局が同じことを繰り返し報道するということは、結果として、一党独裁の国で、国営テレビ局ひとつだけが報道しているのと、それほど差がなくなってしまうのではないでしょうか。
そもそも、親が子を殺すという事件は、日本固有の、日本だけで発生する異常な事件なのでしょうか。そのことを誰がどれほど理解していることでしょう。
異常な事件であることは間違いありませんが、本当に日本だけかというと、実はそうではありません。
アメリカやヨーロッパでも日本と同様に、正確に言えば、日本よりももっと多く、同様な事件が発生しています。
そのような事件が起きていることは、現地の多くの人は知っているそうです。しかし、明らかに日本と異なるのは、テレビ報道の仕方だそうです。
アメリカやヨーロッパでは、もっと残虐で多くの死者ができるような殺人事件が報道されるので、親が子を殺すというようなローカルで"小さな事件"はあまり報道されていないのです。もっと重要で報道することが沢山あるのです。
(次回に続く)
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投稿者 :堀田信弘: 2010年5月 3日 05:46