【堀田信弘の今日の語録】 『この会社は、きっと伸びるだろうな。他の会社と違うことができること自体に可能性を秘めているから。』


組織について  「活・喝・勝」


責任感の意味

個人主義と利己主義を混同し、組織の一員としての責任感が欠如することは、会社という組織で取り組む事業においては致命的な問題となります。

会社は、個人の集まりではあるのですが、その総和分の力しか発揮できないようでは、組織力が全くないということになるのです。100人の会社が100人分の仕事しかできないのではなく、120人分、200人分の仕事ができるようにするのが組織力なのです。

責任感がないというのは、自分の仕事であることの自覚がなく、自分の行った、あるいは行う行為に対して、他人のせいにして、他人を巻き込んでも平気であることです。

組織の一員であることよりも、個人を優先するならば、それは個人事業主の集まった組合のようなものであり、企業という理念を共にする者の集まりではありません。

企業においては、組織の一員であるということが、責任感を持つ大きな要因の一つだと思っています。このことは、社会における、一市民としての責任感とは全く異なるのです。

この考え方が、正しいかどうかは判りません。異なった考え方もあるし、その方法で運営する企業も間違いではありません。

先日出会ったニュージーランド人の青年は、組織評価は不要で、個人評価のみで運営したいと言っていました。

彼の考えは、「成果を上げた人が報われなければモチベーションが下がる」ので、個人を重視したいというものです。この考え方は、正しいです。全く否定しません。

わが社で導入している制度も、全く同じ考え方で、成果を上げた人が報われるようにするものです。しかし、自分だけ良ければ良いだろうという考え方を持ってほしくないのです。

仮に、組織評価をする必要がない体制を整えることができれば、個人評価のみでも良いでしょう。要は、完全に個人だけで簡潔し、他人を巻き込まず、自分の力だけで仕事ができるのであれば問題ありません。テレビタレントのような存在なら可能かも知れません。

他人を蹴落としても成果を出せるようにすることが重要な仕事や職業なら可能かも知れません。ホステスのような歩合にすることで、お店や会社を発展させる方法もあるでしょう。

どれが正しいのかということを道理や論理では決められないことを、経営者は、自分の会社にとってどちらが適しているかを、選らばなければならないのです。

正しいと信じることが正しいのであって、そこには理屈ではない、哲学のようなものですから、他人がとやかく言うものではないのです。だから、ニュージーランド人の青年が言う考え方も、決して間違っているとは言えないのです。単なる考え方の違いだけなのです。

わが社の場合は、単なる売上だけの評価ではなく、組織の一員として責任感があるということも、成果に値すると思っているのです。

個人だけの達成度で評価を行うことは、実にシンプルで、一般的な方法です。しかし、組織の一員としての責任感も重要視しようとしているのですから、単に個人評価だけでは、その責任感の度合いが反映できないのです。

主旨を反映できないのであれば、その制度は、方向性が異なるということになるのです。

営業の場合、責任感という考え方を、組織目標という形でこれを評価制度に組み入れることにしました。しかし、他の職種の場合、責任感を評価に組み入れるというのは、簡単なことではありません。

そもそも評価に入れるかどうかは別にしても、自分自身で、自分のことを責任感がないと思っている人など存在しないと言っていいくらいに、自分でも責任感があるかないか自覚できないものです。

そして、営業と異なって、組織全体で評価するような指数が見当たらないのも事実です。

責任感がないというのは、自分の仕事であることの自覚がなく、自分の行った、あるいは行う行為に対して、他人のせいにして、他人を巻き込んでも平気であることです。

つまり、周囲や上司からは、その人の仕事であると思っているのに、本人は自分の仕事だと自覚していないのです。自覚していないのですから、責任感がないと言われても、全く気づいていないということなのです。

また、他人のせいにして、他人を巻き込んでも平気でいるというのは、他人を巻き込んでしまったという自覚がなければなりません。

ところが、他人のせいにしていることも、あるいは、他人を巻き込んでいることも自覚していなければ、自分は責任をもってやっていると思ってしまうのです。それは、求められている責任感に気づいていないと言えるでしょう。

責任感を問う最大問題点は、責任感を自覚しているかいないかということです。そもそも責任があるということを自覚していることが、責任感があるということなのです。

自覚している人としていない人の差は、様々な場面で表れます。

責任感がある人は、責任というものに対して、正面から受け止めます。これに対し、責任感のない人は、できるだけ責任から避けようとして、関わりを持たないようにします。

聞こえているのに、聞こえないふりをしたり、皆が真剣に話し合っているのに、その場にいなかったり、あるいは、メールにCCがついているのに、CCは自分のものではないと勝手に判断したりするのです。

また、責任感がある人は、自己犠牲を伴っても成し遂げようとしますが、責任感のない人は、利己的に考え、責任よりも権利を主張します。

例えば、休日出勤などが発生した場合に、その態度は良く表れることでしょう。休日出勤しても終わらせようとするか、それとも休日出勤した際の代休のことを先に考えるかです。

責任感がない人は、仕事に対して後ろ向きです。これまで多くの部下を見てきましたが、つまるところ、今の仕事が好きかどうかということが全てを表すのだと思うようになりました。

いまの仕事が好きか嫌いかと尋ねられて、「好きです」と答えられる人は、当然、仕事を前向きに捉えています。このような状態にあると、自然に肯定的な言葉が多く発せられます。

それに対し、「どちらとも言えない」などの中途半端な答えをする人も含め、好きと答えることができない人は、圧倒的に否定的な言葉が多く発せられています。何をするにも、後ろ向きで、仕事への関わりを避けようとするのです。

これまで、そのような状態の人のことを責任感がないと言っていました。しかし、人間として責任感がないのではなく、その仕事に対して責任感がないというのが正しい表現なのです。

(次回に続く)

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投稿者 :堀田信弘: 2010年5月 9日 05:48