【堀田信弘の今日の語録】 『この会社は、きっと伸びるだろうな。他の会社と違うことができること自体に可能性を秘めているから。』


ビジネスについて  「活・喝・勝」


好きな仕事と嫌いな仕事

どんなに今の仕事に責任感があると言っても、仕事の内容が変わったり、大きな失敗や嫌なことが続いたり、あるいは上司が変わって環境が変化したりすると、仕事が嫌いになってしまうことがあります。

大抵の人は、仕事が好きでない状態になると、好きでもない仕事に対して、責任感を持つということはできないのが普通です。責任感どころか、嫌いな仕事をすることほど苦痛なことはないのです。

好きでもない仕事に対して、前向きに捉えろと言われても、好きでないのですからできるはずがないのです。好きでない仕事をしている状態なのですから、日々の言葉遣いも否定的な表現が多くなるのも当然です。

人間にとって、好きか嫌いかという感情は、行動や言葉遣いにまで影響を与えます。どんなに頑張ろうとしても、好きでないことを継続することは苦痛でしかなくなるのです。

ポジションが変わることによって仕事の内容に変化が生じることもあるでしょう。その逆に、どんなに権限を与えても、好きになるという気持ちが変化しない限り、責任感がない状態は変化しません。

つまり、仕事に対して責任感がないのではなく、簡単に言えば、仕事が好きではないのです。

仕事が好きではない状態から好きな状態にするには、至難な業です。好きか嫌いかという感情を、他の人の力や働きかけで変えるというのは不可能かも知れません。

できればこのような状態になる前に手を打つことができれば良いのですが、それも本人の心の中のことですから難しいのです。しかし、先ほどまで好きな状態だったのに、急に嫌いな状態になることは良くあることです。

人間は、一旦嫌いな状態になってから、一転して好きな状態になることほとんどありません。一方、好きな状態から嫌いな状態になるには、ほんの僅かなきっかけで直ぐにでも変化するものなのです。

しかも、仕事というのは、良いことばかりが続くようなものでありません。むしろ嫌なことや、我慢しなければならないことのほうが多いのです。さらに、ポジションが上になればなるほど、辛いことや苦痛なこと、困難なことに遭遇するようになります。

そのような環境でも、ずっと好きな状態を保つというのは中々できることではないのです。逃げ出したくなったり、泣きだしたくなるようなことを続けば、一瞬にして嫌いだという感情が生まれるのも当然な状態なのです。

しかし、当然だからと言って、はいそうですかとならないのが、管理職なのです。管理職になると、本人が責任感を持っていようがいまいが関係なく、職として、そもそも大きな責任を背負っているのです。

だから管理職は、好きだ、嫌いだ、嫌だ、辛いと言っている場合ではないのです。人間としては、好きだ、嫌いだという当然起こる感情なのですが、どうしたら、その感情を抑え、責任を全うできるかが問われるのです。

嫌いだ、嫌だとなった時に、人間力の差が出るのです。

感情に流されて、やる気を失うか、感情を堪えて、何とか立ち向かおうとするのか、育った環境やこれまでの体験などで、その先の考え方に大きな差が出るのです。

感情に流され易い人は、一旦、嫌いだという感情をもったら、逃避しようという気持ちが発生し易いです。嫌な状態から逃れようとするのです。

しかしそれを何度も続けていれば、その人は今後何度となく、同じような場面でも耐えることなく、逃げ出すことを選ぶようになるでしょう。その人の中では、「嫌いなのだから仕方ない」という論理になっているのです。

職を転々としている人の多くは、「好きな仕事が見つからないから」という理由を言いますが、言いかえれば、直ぐに嫌いになり易いとも言えるのです。好きではないという理由で、仕事を次々に変えても、一生その人にあった仕事など見つかるはずもないことでしょう。

もっと厳しい良い方をすると、仕事が好き嫌いというのではなく、根本的に働くことが好きでないということが言えます。

イタリア人は、遊ぶために働くというくらい、生活や、人生において、働くということは主ではなく、従ですから、できるだけ働きたくないという人が多いそうです。

それに対して、日本人は、元来から勤勉な人種と言われていますから、働くことが好でないという人の割合はそんなに多くありません。

しかし、戦後のように、必死で働かなければ生きていけないという時代ではありませんから、できれば働きたくないというほうを選択するほうが次第に多くなっています。

また無理して働いても良いことがないと考える人も増えています。それは豊かになったからなのでしょう。

もし、宝くじが当たったとしたら、どれくらいの人が、仕事を辞めずに働くことを継続することができるでしょうか。恐らく、生活のために働いているという考えを持っている人の大半は、宝くじが当たったら働くことを辞めてしまうことでしょう。

前後賞合わせて3億円の大当たり、誰だって嬉しいに決まっています。しかし、3億円で仕事を辞めるということは、3億円あれば普通に一生涯生活できるからと考えるからでしょう。

ところが、本当に3億円当たった人の人生というには、決してその通りにならないほうが大半なのです。

生まれて初めて見る大金を前に、普通の人は、一年も経たないうちに半分以上を消費してしまうことでしょう。毎日美味しいものを食べて、綺麗な服を購入して、旅行に行って気が付いたら、数年後にはほとんど無くなってしまいます。

人間というには、お金を稼ぐことも難しいのですが、持ったこともないお金をどう使うかのほうが遥かに難しいのです。お金を持てば、必然的に浪費家になるのは間違いありません。

宝くじに当たった人の人生というのは、以外にも不幸になっていることが多いなど言われています。

生活が変わるだけでなく、性格までも変化し、友人や知人を失ってしまうことも多いようです。

もし、宝くじが当たって一生涯働かずに生活できると思って、仕事を辞めた人が、一旦浪費癖をついてから再び職につくことは難しいでしょう。

人間は、お金さえあれば、生活を向上させることは誰にでも簡単にできますが、一旦上がってしまった生活レベルを下げることは、そう簡単にすることはできません。

(次回に続く)

最後まで読んで頂き、感謝申し上げます。

毎朝6時に社内朝礼ブログをこちらで公開しています。こちらもご覧頂けたら幸いです。

この内容に共感頂けたらこちらをクリックして下さい。ありがとうございます。

投稿者 :堀田信弘: 2010年5月11日 05:49