頑張り過ぎないという意味は、自分の考えを押し通そうとする意地を張るのではなく、短期的に自分の欲求を我慢すれば良いのではなく、人生を長期的に捉え、あせらず、肩の力を抜いて、息の詰まるような思いをしないということなのです。
決して手を抜いて良いと言っているのではありません。疲れたら休めば良いし、失敗したら別の方法を考えれば良いのです。全てがこの世の終わりだと苦しんでも、何も良いことはありません。
むしろ、そのように頑張り過ぎる人に限って、悪いことが重なってしまうと、そこから逃げ出そうとしてしまうものなのです。それは心に余裕がない証拠なのです。
今、私は、ミャンマーのヤンゴンにいます。ヤンゴンはいつも穏やかで、何度行っても心を和ませてくれます。ここにいると、人生を長期的に捉え、あせらず、肩の力を抜いて、息の詰まるような思いをしないということを教えてくれます。
軍事政権下にあって、人々の生活は困窮し、抑圧されているはずなのですが、ヤンゴン市内の人々はいつもニコニコしており、頑張り過ぎないということを日々実践しているかのように見えます。
ヤンゴンに来て、頑張り過ぎないということを別の見方で考えて見ると、日々同じ生活リズムを繰り返し、平衡を保つことではないかと感じました。
ミャンマーは、インドシナ半島西部に位置し、北東に中華人民共和国、東にラオス、南東にタイ、西にバングラデシュ、北西にインドと国境を接しています。東南アジアの最西部に位置し、南アジアの最東部でもあります。
ミャンマーは、8割以上が仏教徒でありますが、キリスト教、イスラム教、ヒンドゥ教の教会、モスク、寺院が街のあちこちに見られ、それぞれの宗教を認め合っている様子が良く判ります。
ミャンマーの人々は、性格が優しくとても穏やかです。街の中で大声を出している場面も見かけませんし、喧嘩しているところも見られません。
貧しくて苦しい生活の中で、お互いに助け合って、共存しているのです。
その精神の柱になっているのが、宗教です。それぞれの宗教は異なりますが、どの宗教の人も熱心に信仰しているということは、直ぐに把握できます。
毎日繰り返し、繰り返し、日々のお祈りを絶やさず、信仰することが生活の一部になっているようです。お寺の前を通れば手を合わせるし、いつも心の中心に神の存在があるようです。
何気ない日々の繰り返しですが、彼らの穏やかな性格は、信仰心が厚いということだけでなく、いつも心を体のバランスを平衡に保つように意識しているようにも映ります。
日本にいると、平衡に保つということを意識するようなことは少ないのではないでしょうか。どれくらいの人が、休日も平日も関係なく、生活のリズムが乱れないように、崩れないようにしているでしょうか。
メジャーリーガーのイチロー選手は、アメリカ大リーグに行ってからこれまでの7年間、毎朝、同じカレーを食べ続けています。
試合のあるなしに関係なく、毎日続けているのです。この理由は、一つのことに拘り続け、日々同じことを繰り返すことで、体調を変化させず、維持するためだそうです。
ある意味で、修行僧が、毎日精進料理を食べているようなことと同じなのかも知れません。
平衡を保つということは、極端に言えば、このように日々同じように取り組み、継続することです。平日も休日も関係なく、平衡を保つことで、生活のリズムが狂うことを防ぎ、ストレスやスランプが発生することも起きないようにするのです。
イチローは、プロ野球の選手とし、プロとしての人一倍体調管理には余念がないのでしょう。プロ意識が強く、平衡を保つことが、最も平穏で、最も最適な環境だと考えているのでしょう。
何もイチローと同じことをしましょうと言っているのではありません。プロ野球選手ではないですから、自分たちは自分たちのことを考えて、何を継続すれば良いのです。
例えば、経営者について考えてみましょう。
経営者は、社員の生活を預かる会社の責任者です。そして、会社を運営することをお金をもらっているプロの職業です。アマチアでも素人でもありません。プロなのです。
イチローと仕事の内容は違いますが、お金をもらっているというプロであることには変わりありません。ならば、プロならプロとして自覚をどれほど持っているでしょう。
そして、単なるプロとしてだけでなく、人の上に立つ立場であるという責任をどう感じ、背負っているでしょう。
そのプロである経営者は、休日も含め日々どのように平衡を保っているでしょう。イチローが平日も休日も関係なくカレーを食べて体調管理しているのと同様に、経営者は、平日も休日も関係なく、毎日継続していることがあるでしょうか。
私は、世界中どこにいても、どんな時でも必ずメールに目を通すようにしています。入院した時でさえも、一時もメールを見ない日はありません。
仕事人間、仕事漬けと言われるかも知れませんが、それが日常になると苦痛ではないのです。日々のことを、あえて意図的に外そうとするのは、保っていた平衡を崩すことになるように感じるのです。
中には、同じように、温泉地にいようとも、海外にいようとも、休日でも必ず返信をしてくれる人が沢山います。営業や管理職なら当たり前のことです。
しかし、何度メールを送っても、ほぼ全くと言っていいほど、休日にはメールに目を通さない人も沢山います。
恐らく、休日くらいは仕事から解放されたいと考えているに違いないでしょう。たぶん、仕事と休みは分離したいというポリシーの持ち主なのでしょう。
経営者や管理職、営業でなければ、それでも良いでしょう。しかし、そうでなければ、そのポリシーは、今や世界的に通用しません。独りよがりです。
国を預かる総理大臣や大統領が、どんなにバカンスだと言っても、メールや電話に出ないということを国民は認められるでしょうか。
緊急事態があったら直ぐに対応しなければなりません。緊急事態でなくても、自分がバカンスを取っている間には、様々な日々の動きは発生し、状況を頭に入れて置かなければなりません。
それが国でなくて、会社でも各組織の責任者には同じことが求められるはずです。どんなに休日であっても、その立場にある人は、どんな時でも平衡に保つような意識が求められるのです。
(次回に続く)
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投稿者 :堀田信弘: 2010年5月21日 05:54