【堀田信弘の今日の語録】 『この会社は、きっと伸びるだろうな。他の会社と違うことができること自体に可能性を秘めているから。』


リーダーについて  「活・喝・勝」


体は休めても責任は休めない

休日にゴルフや旅行でリフレッシュすることは否定しません。しかし、平日に、携帯電話も通じないようなところで、平気でゴルフができる社長というのは経営者としての危機管理がないからではないでしょうか。

どんなに休日でも、体や頭を休むことができても、責任を休むことはできないのです。

責任者というのは、責任を負うという仕事なのです。責任を負えないというのであれば、仕事をしていないのと同一です。責任を負うつもりがあるのなら、どんなに遊んでも、休んでも構いませんから、頭だけは休んでは行けないのです。

かつて本田宗一郎は、「体と心を休めても、絶対に頭を休めては行けない」と言ったそうです。頭を休めるくらいなら、責任ある立場にはついては行けないのです。それは、人の上に立つ以上、下の人への最低限の礼儀でもあるのです。

礼儀が果たせないのであれば、そのような人が上に立ってはならないのです。そのような人の命令は、決して受け入れられないのです。

責任ある立場の人ならば、イチローが毎朝カレーを食べ続けることよりも、毎日メールに目を通すことくらい容易いはずです。当たり前のことだと思えば、何ら苦痛でもありません。苦痛だと思うのは、当たり前だと思えない気持ちがあるからです。

その容易いことができないのは、仕事を家庭に持ち込まない、休日には仕事に関わらないという考えがあるのでしょう。それは言いかえれば、家庭や休日には、責任を持ちこまないということでもあるのです。責任取らない宣言なのです。つまり、無責任です。

休日に嫌なメールなど見たらストレス解消にならないと考えるのかも知れません。しかし、そのような人が国の大統領になどなれるはずもなく、それが例え営業マンだとしてもプロとしては失格です。

今の時代、お客さまは、休日や夜間に関係なく、メールで問い合わせをしてきます。いつ送られてくるか分からないメールですが、いち早く返信したほうが良いに決まっています。

24時間寝ないで対応しなければならないと言っているのではありません。どんなに遅くなっても24時間以内には返信できるようにしなければならないのです。

このことは、機会損失をしたくないと考える有能な営業マンであれば、誰でも理解できるはずです。

このことは、営業だけでなく、当然管理職にも言えることです。休日中に働いている部下もいる可能性もあれば、働いていなくても休日にトラブルがあることだって大いに考えられます。

管理職は、休日であっても、管理職なのです。トラブルや社員に不幸があれば、対応しなければならないのです。それが理解できないのであれば、管理職としては不適格です。

管理職や経営者のような責任ある立場なら、そのような無責任な人に、責任ある立場を任せることなどできないということは理解できるでしょう。

休日でも平気でいられるのは、責任感が欠如しているだけでなく、本音言えば、恐らく仕事嫌いなのでしょう。仕事が嫌いだから休日くらいは、その嫌いなことから解放されたいと思うのでしょう。

組織の上に立っている人が、そのような仕事嫌いで無責任な人なら、その組織にいる人はとても不幸なことです。

組織の上に立つ人は、常に、自分の置かれた立場が、部下とは全く違う次元にあるのだという意識を持っていなければならないのです。辛いことですが、それが仕事なのですから仕方ありません。

常に、自分は組織に相応しいかを自分自身に問わなければならないのです。

組織の上に立って、人を率いる人は、部下を変えようと思う前に、まずは自分を変えようという意識を持っていることが重要だと思います。

他人を変えることは不可能でも、自分を変えることはできるはずです。自分を変えることができないようでは、組織を変えることもできません。

まずは自分自身を見つめ、自分の軟弱さ、自分のずるさ、自分のいい加減さに、目をそらさずに気づくのです。気づくことが第一歩です。

気づかなければ、変わろうとも思うはずもないでしょう。気づくのです。そして、気づいたら、今すぐにでも、変えようと、変えて見たいと考えるのです。その意識が持てるかが重要なのだと思います。

もし、自分を変えようという意識を持っていれば、組織内の個人一人を変えることはできなくても、組織全体を変えることができるのです。リーダーが変わろう、組織を変えようという強い意識を持っていれば、自ずと組織は変わるのです。

自分を変えようと思わない人は、リーダーとして不適格なのです。

なぜ、自分を変えようとする人と、変えようとしない人がいるのでしょう。

自分を変えようとする人は、自分を見つめ、自分を知り、自分に嘆き、自分を磨きたいと考えるのだと思います。

美容整形手術をする人を想像してみると、このことが良く分かります。自分の弱点、嫌な点に悩み、この部分をこのようにしたいと、より具体的に自分を変えたいと思うはずです。

自分を知ること、分かること、そして嘆き、辛いことを経験した人、このような人ほど自分を変えたい、できればやり直したいと思うのです。

その逆に、自分を知ろうとしない人、分かろうとしない人は、自分を変えようとは思いません。変える必要性がないのです。変える必要が生じるほどの悲しいことや辛いことを経験していないとも言えるかも知れません。

悲しいことを、辛いことを経験していない人は、悲しいことや辛いことを経験した人の立場が判りません。

自分を磨きたい、自分を成長させたいと思うことは、大きな失敗や、大失恋、死ぬほどまでの衝撃、苦痛を経験に、何とかしてそこから抜け出したい、立ち直りたいと、振り絞って出される気力がそうさせるのです。

中には、大きな挫折や悲しみから抜け出せず、変えようという気力さえ起きない人もいることでしょう。しかしやがて、そのまま嘆いていても、悲しんでいても、そして変わらずにいても、何も変わらないことを知るのです。

変わるということは、知ること、分かることなのです。

変わり続けるということは、会社にとっても重要な経営課題です。

社会変化に対応し、変わり続けなければ会社は存続できないのです。会社では、変わることが、存続することの絶対条件なのです。

(次回に続く)

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投稿者 :堀田信弘: 2010年5月23日 05:55