【堀田信弘の今日の語録】 2010年9月 8日 『中身じゃないよ見た目だよ。中身がしっかりしているのなら、見た目もしっかりすれば良いんだよ。見た目がしっかりしていても、中身がないんじゃ話にならないが。』


悲しい出来事  「活・喝・勝」


許せない気持ちに苦しめられる

嫌われるとか、嫌われないとか考えているようでは、リーダーシップも、自分らしさも、発揮できないのです。もっと言えば、自分の評価を気にして八方美人に振舞うことがリーダーではないのです。

好かれる、嫌われるというのは、結果であって、好かれるためにするのではなく、嫌われるからやらないというのでは、リーダーではないのです。

なぜ人は、好かれるだの、嫌われるだのと、他人の気持ちを気にするのでしょう。

もし、嫌われていることが判ったら、嫌われないようにするでしょうか。それとも、好きになってくれるようにするでしょうか。

人間は、自分が嫌われていると思うと、嫌いになってしまうものです。あるいは、自分が嫌っていれば、きっと相手も自分のことを嫌っているに違いありません。

嫌いという感情は、簡単に伝わり、そして伝染するのです。

人間は、愛されていないということには敏感に感じるのです。感じ取るものなのです。もし、ほんの少しでも、相手に嫌な感情を抱いたら、きっと、相手のほうが先に、こちらに嫌な感情を抱いていると思って間違いないでしょう。

相手がこちらに嫌な感情を抱いているから、相手はそれを態度で示したのです。

ところが、自分が先に嫌な感情を相手に与えてしまっていることに気がつかないのです。自分のほうが、相手の嫌な面を目にして、嫌になったと思うのです。実は、それは違うのです。

自分が先に嫌われているのです。自分が相手の気分を害する行為や仕草をしたのです。

このように考えると、人間関係というのは、気づかいが大切だということがわかります。ほんの少しだけ気づかいを欠いただけで、他人に嫌な思いをさせてしまうのです。

勿論、必ずしもいつも自分のほうが悪いという訳ではありません。それでも、自分のほうが先に相手に嫌な思いをさせないようにしようと思うことが気づかいであり、人間関係を良好に保とうとする思いやりなのです。

ところが、人間は、愛されていないということには敏感に感じるのですが、愛されているということや、気づかいを受けているということに関しては鈍感なものだから厄介です。

何年も一緒にいる夫婦であっても、嫌なことには直ぐに気づいても、そうではないことには気づかないほうが多いものです。だから喧嘩になるのでしょう。

上司と部下との間でも同じです。

部下は、上司の悪い点、嫌な点にいつも悩まされます。それは、上司も同じです。部下の短所ばかりが目につき、欠点ばかりを注意してしまいます。

お互いに長所や、良い点から見るようにしていればスムーズな人間関係が築けるのですが、それを知っていても中々できないのが人間なのです。

それが通常の人間なのだと気づくことも良いことだと思います。通常な人間なのだから、相手が悪い点ばかり目につくからといって、一々腹を立てていても仕方ないのだと割り切れば良いのです。

相手を憎らしい、気に入らない、許せないと考えていても、何もすっきりしません。思い切って、気にしない、許してしまえと思うと、イライラすることもなくなるものです。

嫌な人が自分を苦しめるのではなく、自分自身が嫌な気持ちに苦しめられているのです。人間なんてそんなもんだと、あしらえるようになれれば、気持ちは楽になるのです。

若い頃の夫婦は、お互いに譲り合えずに喧嘩になることが多いものです。しかし、歳を重ねる毎に、次第に些細なことで喧嘩しても無意味だ、面倒だと思うようになってきます。

これは肩の力が抜けたような関係になるからではないでしょうか。どちらともなく、喧嘩するよりも、しないほうのメリットが大きいということを共有できるようになるのかも知れませんね。そして、お互いに許すということができるようになれるのかも知れませんね。

でもこれは夫婦だからであって、他人同士では、許せない、認められないというようなことが起こってしまうものです。

例えば、今、ある契約についてトラブルが起きています。

譲渡契約を結んだのに、相手から支払いがされませんでした。何度か話し合いをしましたが、その度に、「必ず支払います」という言葉に騙され、何度も裏切られました。

それから6ヶ月間もの間、解決せず、ついには弁護士を通じて話し合うことになりました。

すると、これまでとは一変し、「支払えない状況を作ったのはそちらに問題があったからだ」と争う構えを見せてきました。

「すみません。必ず何とかします」と言って、何度も何度もお願いしてきた態度は何だったのでしょう。

弁護士というプロのアドバイザーがつくと、自分には非がないということを言うようになるのです。もちろん、弁護士というのは、依頼者を弁護する立場ですから、何とか依頼者が不利にならないようにするのが仕事でしょう。

法律家という立場からすれば、「こちらが謝る必要はなかった」とアドバイスしたかも知れません。

しかし、当人は、自分で契約を結び、払うと言っていたのに、原資の都合がつかなくなったのでしょう。終には行き詰まり、支払えなくなったのですが、どうしたら少しでも払わなくても良くなるかを専門家に相談するわけです。

この6ヶ月間、彼が追い込まれて自殺してしまうかもというような状況に接した時には、同情もし、心配にもなりました。

だからこそ、余計に、何度も彼と会って話しをしましたが、その都度、いつも裏切られて、許せない気持ちが深まり、憎しみさえ覚えるようになりました。

毎日、毎日、彼のことを考えるだけで、イライラし、そして、気持ちのモヤモヤが晴れず、苦しめられました。顔を見るだけでも、爆発しそうな気持ちを必死で抑えていたのです。

ところが、弁護士を通じて、交渉するというようなことになってから、ほんの少しだけ、自分の中で変化が起きてきました。

これからどのような交渉になるか計り知れませんが、彼が取ろうとしている保身行為は、矛盾に満ちているけれど、払うことができず、どうしようもなかったということだけはハッキリしました。

このように考えると、彼を許すということまでは行かないにしろ、苦しんでいたことは理解できました。そして、当時は彼に苦しめられていたと思っていましたが、彼を理解できないことに苦しめられたのだとも思えるようになったのです。

もし、彼を許すことができたどんなに楽になることでしょう。しかし、凡人の私にはそのような高貴な考えは持てません。

けれど、彼を許せない自分のことを、もう許してしまうかと思うのです。彼のことは許せなくても、自分が苦しんだ状況からは、もう許してもらおうと思うのです。自分自身が嫌な気持ちに苦しめられていたのだと思うことで、少しは気が楽になりました。

他人に苦しめられたのではなく、自分が苦しんだと思えば、他人は許せなくても、自分のことは許せるはずです。苦しめられて生きるより、楽しく生きたいですかね。

(次回に続く)

最後まで読んで頂き、感謝申し上げます。

感謝。 毎朝6時に社内朝礼ブログをこちらで公開しています。こちらもご覧頂けたら幸いです。

この内容に共感頂けたらこちらをクリックして下さい。ありがとうございます。

※このブログは日本最大級の社長動画サイト賢者.TVのランキングで堂々第一位となりました。

投稿者 :堀田信弘: 2010年6月 6日 05:49