【堀田信弘の今日の語録】 『この会社は、きっと伸びるだろうな。他の会社と違うことができること自体に可能性を秘めているから。』


世の中について  「活・喝・勝」


無駄な出会いなどないのです

部下の場合には、上司によってチャンスが左右されてしまうことがあります。しかし、営業や社長のような仕事では、チャンスは与えられるものではなく、探してくるものです。

待っていても、幸運の女神はやってきません。何らの行動があって、あるいは出会いがあってこそ、幸運の女神がやってくるのです。

しかも、女神は、行動をしたから直ぐに訪れるものでもありません。もちろん、いつも訪れるものではなく、ほとんどはやってきません。来るときは、ある日突然だったりするのです。

多くの人は、女神が訪れても、気がつかないことが多いものです。

でも、実は、気づく方法があるのです。

それは、初めて出会った時、女神の訪れかもと思うことから始まります。

女神が現れるのは、多くの場合、出会いがきっかけです。ほとんどと言っても過言ではないかも知れません。出会いが出会いを呼び、そして、女神が現れるのです。

だから、初めて出会った人には、いつも、「この人はもしかして女神かも」と思って接するのです。

目の前に女神がいると思えば、必然と、態度は変わるはずです。できれば幸運が来てくれと思って接している訳ですから、女神の前では、横柄にならないはずです。そして、自分を積極的にアピールしようとするはずです。

しかし、このような気持ちで接しても、ほとんどの場合には女神は現れません。女神は気まぐれです。でも、「もしかしてこの人かも」と思って、出会いを楽しめる余裕があれば、必ず女神は現れます。信じるものは救われるのです。

ただ、注意をしなければならないことは、女神と貧乏神は紙一重だということがあるのです。

ある人との出会いがきっかけで、どんどん悪い方向に流れていってしまうことがあるのです。

始めは女神のように映っても、実は、貧乏神だったなんてことが半分くらいはあると思っていたほうが気が楽です。

女神と会いたければ、必然的に貧乏神と出会ってしまうと考えておく必要があるでしょう。そのように考えていれば、何も恐れる必要などありません。

子供の頃、カブト虫がいる木の周辺には、蜂やカナブンや蛾などがいたことを思えば、同じようなものですよ。

問題なのは、貧乏神に出会うことを恐れ、始めから人を選別しようとすると、返って女神は遠ざかり、もっと貧乏神に会ってしまうものです。

蜂を避けようとすると、カブト虫を見つけられず、蛇に出会ったりするようなものです。

出会いなんていうのは、そんなものなのです。しかし、カブト虫と違って、出会った瞬間には、女神か貧乏神かは一見して分からないことが多いのです。

むしろ、女神だと信じて付き合ったら、貧乏神だったということのほうが多いかも知れません。

そもそも、早い段階で貧乏神と気がついていたら、それは何ら被害を与えないですから貧乏神ではないのです。貧乏神もどきとも言えるでしょう。

貧乏神に出会った時は、苦しみます。でも、苦しんだ後に、自分が判断したのだから仕方ないと、頭を切り替えることができれば、その直後に女神が現れやすいのです。

不思議なものです。女神は、これまで苦しんだことへのご褒美のように、現れることが多いのです。これは、頭を前向きに切り替えられたからでしょう。

ところが、いつまでも後悔したり、引きずったりしていると、再び貧乏神が、現れるのです。泣き面に蜂です。そんなものなのですよ。あたかも、前向きになれるかを試しているかのようです。こんな時に、こんなことが続かなくてもと嘆いてしまいますね。

これまで何人かも貧乏神と付き合いました。正確に言うと、現在でも付き合っている人もいます。

きっと貧乏神がいなくなれば、必ず女神が来ると思っています。自分で判断して付き合っている人だから、その人には責任がありません。

こちらが勝手に貧乏神だと思っているだけなのです。でも、自分自身で把握、暴れることを抑えられれば、あるいは動く範囲を予測できる貧乏神であれば、決して怖くはありません。

コントロールできるなら、きっと女神に変わる日が来ると信じていれば良いのです。そうすれば、貧乏神が去るとき、女神は現れるでしょう。

これまでそのような経験を何度もしてきました。だから、貧乏神が現れても、それほど驚くことではないのです。試練ではありますが、女神が来ることを考えれば、必然的なことなのです。

こうして、起きたこと、起きることを、前向きに考えていれば、必ず女神はやってきます。それを硬く信じていれば間違いありません。

と、自分に言い聞かせるのです。自己暗示です。

もし、女神など現れたことなどないという人がいたら、きっと貧乏神にも出会っていないのではないでしょうか。そして、何よりも、出会いが少ないのではないでしょうか。そして、出会いを大切にしていないのではないでしょうか。

人生において、人との出会いは、自分の運命をも変える大切なものです。

出会いの数の分、嫌なことも辛いことも、良いことも、起こるのです。そして、起こったことは、全てが自分自身の骨となり肉となるのです。

骨がつき、肉がつけば、それに沿った出会いが訪れます。より強固で、より深い出会いかも知れません。それは、自分の成長にあった出会いなのです。

自分自身が成長し、ひとつ上のステージにあがらなければ、出会う相手も上位にはなりません。自分のステージと同じ人と出会うのですから。上のステージの人と出会いたければ、多くの出会いを経験して、自分を成長させる必要があるのです。

出会いは、待っていては訪れません。

行動しなければ出会えないのです。そして、自分がどのような人と出会いたいかと念じていれば、そしてそれに伴う行動をすれば、必ず求めているような人と出会えます。

数週間まで全く知らなかった人なのに、今では、毎日のように携帯でやり取りするような人だって現れます。でも、そのような人は、毎日、毎日新しい出会いをしても、ほんの一握りなのです。

100人に一人くらいだと思っていたほうが良いでしょう。そうすれば、100人と出会おうとする行動をすることでしょう。残りの99人は、たった一人と出会うために、何らかのきっかけを作ってくれた大切な人なのです。だから99人も決して無駄ではないのです。

(次回に続く)

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投稿者 :堀田信弘: 2010年6月10日 05:51