【堀田信弘の今日の語録】 『この会社は、きっと伸びるだろうな。他の会社と違うことができること自体に可能性を秘めているから。』


企業経営について  「活・喝・勝」


根性と持続力

電子メールのシグネチャー(署名)のところに、今月の目標を書いている会社もありました。全社員が、毎月、シグネチャーに社員が一丸となって取り組み目標を書いているのです。

今月の目標を社内外に堂々と公言し、何としても達成しようとする意気込みを感じました。これも簡単なようで、全社員に徹底させることは中々できるものではありません。

このように、会社経営をしていて、最も苦労することは、末端の現場まで意味、意義を理解させ、決まったことを徹底させるということが本当に難しいということです。

会社というのは、組織です。それは単なる個人の集まりではありません。町や村のような自治体でもなければ、選挙で民意を反映されるような民主主義でもありません。

野球が好きでプロ野球選手になり、監督やコーチの指示のもとに、他球団に勝たなければならないチームと似ています。

チームが勝つことを優先し、どのようにしたらチーム一丸となれるか、チームの力を結集できるかが問われるのです。

選手は、監督のサインに従わなければなりません。サイン通りに自分の力を発揮することが求められるのです。もし、バントのサインが出ているのに、バントに失敗すれば、それは選手の責任です。

そして、監督は、バントに失敗した選手を起用したことの責任、あるいはバント失敗に終わったことに対する責任が問われます。そして何よりも、バントに成功しても失敗しても、その試合に負ければ、監督の采配ミスということになるのです。

監督と選手では役割が異なります。役割が異なりますから、責任も異なるのです。

以前、ある会社の社員と名刺交換をした時、名刺に、○○担当責任者と書いてありました。意味を聞いてみると、ここの会社では、役職制ではなく、役割制を取り入れているということでした。

役割制というのは、面白い取り組みです。○○部長というのは、○○部の総責任者ですが、より具体的にどんな責任を負っているのかが不明です。

部長という考え方は、ピラミッド型の組織形態です。それに対し、役割制の考え方には、スタッフ制、あるいはフラット型の組織形態といえるでしょう。

それは、総理大臣の周囲に、財務大臣や防衛大臣など、総理を支える担当大臣がいるようなイメージです。

社員ひとり一人を、社長のスタッフ機構と位置づけ、できるだけ階層を減らして、社長が直接指示できるスタッフを多く持つことです。

これに対し、従来型の組織では、社長の下にわずか数人の取締役がいて、その取締役の下に事業部や部があります。

社長は、取締役を通じて指示をすることができず、上から下まで行くまでに、指示が不明になったり、曖昧になったりして、浸透させることができないという弊害があります。このため、末端まで指示を徹底するのが難しいという事象が起こるのです。

わが社には、社長室がありません。事務所全体を社長室だと考え、社長室の中に、多くにスタッフがいるという理想を持っているからです。

しかし、現実には、全員が社長のスタッフとして機能させたり、その意味、意義を理解させることが難しいのが実情です。

ある若い社員は、「社長は雲の上にいる憧れの存在でいてほしいので、別格な扱いであったほうが良い」と、年配者が言うようなことを言います。

恐らく、社長のイメージというのは、シークレットな雰囲気をかもし出していたり、あるいは専用の部屋を持っている偉い人ということが考えられるのでしょう。また、そのようにしなければ、威厳を保つことができないとも感じるのでしょう。

そのこと全てを否定するつもりはありません。実際に、全てをオープンにすることによるデメリットもあることでしょう。

社長の何気ない冗談が、社員には冗談に聞こえないということもあるかも知れません。このようなことが現実に起こっているとすれば、まだまだ事務所全体を社長室だと考え、社長室の中に、社長を支えるスタッフがいるという考えが浸透できないのでしょう。

会社には会社のそれぞれの考え方があります。どれが正しいという明確な正解がないのが経営です。つまり、方法は様々であり、多様であって良いのです。

ただ、明らかに言えることは、一度決まったことを徹底できる組織、できるだけ早く末端まで到達できる指示の流れ、そして、やり始めたことを継続できる組織、このような組織が弱いはずがありません。

そして強い組織というのは、集まっている人数以上の力が発揮できるのです。人数以上の力が発揮できるということは、生産性にも関わるでしょうし、営業力や、企画力にも関係することでしょう。

それぞれが役割を明確に持ち、責任を自覚することで、一環した方向性、指示に対し、確実に、着実に結果を出すことが可能になるのです。

そのための徹底力、継続力のある組織をどのようにしたら構築できるのか、という永遠の課題に正解はありません。経営者の考え方一つです。

過去に経団連の会長まで務めた土光敏夫氏は、「個人に能力の差はない。あるのは根性と持続力の差だけだ。努力を重ね、苦労を積んでこそ、人格が形成される。」と言いました。

このことは、人が集まってできている組織にも同じことが言えることでしょう。

組織に能力の差はない。あるのは根性と持続力の差だけだ。努力を重ね、苦労を積んでこそ、組織力が形成される。

人間の能力の差など僅かです。仮に多少の差があったとしても、根性や持続力の差は、それ以上にあることでしょう。ある人は、それならば、根性や持続力も能力の一つではないかと言う人がいます。

しかし、知識や教養、あるいは経験などの過去の能力や頭脳ではなく、根性や持続力というのは、過去や今の能力に関係なく、これから未来に向けて誰しもが発揮しようとすれば、発揮できる精神力なのです。

サッカーのワールドカップが開催されている南アフリカの英雄で、ノーベル平和賞を受賞したネルソン・マンデラは、反アパルト運動のために27年間も獄中に監獄されたのです。

これほどの根性と持続力を持つ人は少ないことでしょう。

もし、自分が監獄されたら、何ヶ月、何年耐えることができるでしょう。しかも、平和を呼びかけただけで、何の罪も侵していないのに、耐えられるでしょうか。

最終的に何かを成し遂げる、やり抜くには、強い意志と信念を持ち、能力よりも、根性と持続力が求められるのでしょう。

根性というといかにも日本人的な感覚のようですが、元々、根性というのは、仏教用語の機根(きこん)に由来されています。

機根の「機」とは、人の心の働きを意味し、「根」とは、その人の根本的な性質や性格を意味します。

機根というのは、仏の教えを理解する度量・器のことで、仏の教えを聞いて修行しえる能力のことです。最後まで諦めずに修行できる能力や衆生が仏の教えを受け入れられる器を持てることから根性となったそうです。

根性があるというのは、最後まで諦めないこと、どんなことがあっても負けないという器を持つことなのです。

(次回に続く)

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投稿者 :堀田信弘: 2010年6月16日 05:53