【堀田信弘の今日の語録】 『この会社は、きっと伸びるだろうな。他の会社と違うことができること自体に可能性を秘めているから。』


企業経営について  「活・喝・勝」


他を知る違いを認識する

同じ業種・業態であっても、全く同じような事業をし、同じような規模であっても、会社というのは、それぞれ全く異なります。世の中に全く同じ会社というのは、存在しないのです。

複数の店舗を経営する会社では、店舗ごとに、雰囲気や個性が行っている場合もあります。

また、部門ごとに違う場合もあることでしょう。しかし、同じ会社でありながら、店舗ごとに雰囲気が異なるようでは困ったものです。

組織や集団というのは、困ったもので、放っておくと、組織間の壁が生まれ、組織ごとに個性を持ってしまう特徴があります。

その理由は、組織単位に長がいるからです。

その長同士が、会社全体の利益よりも、自分の組織の利益を優先しようとするあまりに、他の組織に対して、ライバル意識を持ち、敵対するようにならからでしょう。

国の省庁が、国益よりも省益のほうを優先し、国民よりも自分の省のことばかりに、内向きな考え方を持つのと同じです。

組織の壁は、会社にとって、何も良いことはありません。この壁を壊さなければ、社内で足の引っ張り合いをするだけなのです。

そして、できるだけ他部門との関わりを持たないようにしようという社内独立運動が起きて、組織力は大きく低下するのです。組織の壁は、組織衰退の根源なのです。

さて、部門や店舗ごとに全く異なるような状況になってしまうのも、あるいは同じようになるのも、それも含め会社の個性です。バラバラにならないように統制を図ろうとする会社もあれば、現場ごとに自由にしている会社もあるからです。

人には個性があるように、必ず会社にも個性があるのです。

ある会社にいた20人ほどが、まとめてスピンアウトをして会社を設立したとしても、以前の会社にいた同じ仲間であるのに、新しい会社の個性はそれまでの会社とは全く異なることでしょう。

トップが変われば会社の経営方針も異なるでしょうし、経営方針が変われば、日々の取り組み方も変わることでしょう。ましてや、例え過去に同じ会社にいたとしても、ある考え方に共鳴して集まった人たちであるなら、なおさらに違った特徴をもたらすことでしょう。

しかも、会社には、様々な環境で生まれ育ち、個性が異なる人たちが集まっているのです。そして、何かの縁や、あるいはどこか共通の何かが一致したので、同じ会社にいるのです。

他の会社ではない何かが偶々一致し、集っているのです。だから、他の会社とは全く異なるのです。

このように考えると、会社の個性というのは、人間の個性と同様に様々です。百人百様と同じく百社百様なのです。

そこで経営者にとって重要なことは、他社の様々な個性を知るということです。

ある会社の社長は、外交が苦手だからと公言し、事務所に閉じこもったままです。これでは、人との出会いがないばかりか、色々な企業を知ることもできないのです。

同業だけでなく、様々な業種の他社を知るということは、ユニークな取り組みをしている会社や、優れたサービスを提供している会社など、経営者には貴重な情報が得られるはずです。

何よりも、肌で市場の動きや、他社の取り組み、時代の変化を感じることはとてもためになるはずです。

経営者は社内で学べるものはほとんどありません。経営者は、指導者である以上、社内に指導しなければならないのですから、社内で学んでいるようでは指導者にはなれないことでしょう。

外に出て、外の刺激を受けなければ、井の中の蛙になってしまうのです。指導者は、先端の取り組み、考え方、未来の可能性を知り、その中から自分の会社にあったものを、現場に落とし込んでいく責任があるのです。

しかも、できるだけ幅広く、事業分野が異なっても、色々なものを、自分の目で見て、感じることが重要なのです。

他を知ることで、自分との違いを認識でき、自分の問題点や改善点、またその逆に強みも知ることだってできることでしょう。

他社に劣っている点など、自社が取り組むべき課題は経営課題となり、改善の余地が生まれることでしょう。自社にいたら気付かないことが、他社を知ることで見えてくるのです。

これは、海外に行った時に、海外から日本を眺めて初めて、日本の良さや、日本の問題点に気づくというのと同じです。

日本にいては絶対に気がつかないこと、日本の常識が世界の常識ではないこと、決して日本が進んでいるのではないこと、その逆に、これほどまでに日本の品質、性能やサービスのキメ細かさが評価されていること、日本人はとても親切だと言うことなどを知るのです。

例えば、アメリカの学校の教科書を知っていますか。

正確に言うとアメリカでは教科書とは言わずテキストと言いますが、その分厚さに圧倒されてしまうことでしょう。

日本の教科書の3倍ほどの大きさで、厚さは20センチほどあります。持ち運びが大変なので、個人個人が購入するのではなく、学校から借りるのです。

分厚い理由は、日本の教科書と比べ、絵や図が多く、回答解説に相当な量を割いているのです。

教師をしている妻によると、日本の教科書には解説が少ないため、生徒が分かりやすくするため、教師それぞれが工夫をして教材を作成しているのです。教師からすると、その手間は大変なことです。

一方、生徒側からすると、熱心な教師は、分かりやすい教材を作って説明してくれるが、手を抜こうとする教師だと、教科書のみで理解しようとしなければならないのです。

それをアメリカでは、図鑑や百科事典的な要素まで盛り込んで、一生懸命に教師が作った教材を用いた解説が載っているのです。

これによって教師の負担が軽減されるばかりではなく、教師の質の違いも生徒に影響を与えることのない教育が行えるようにしているのです。

ところが、持ち運びが不便なくらいのテキストというのは困ったものです。日本なら、家に持ち帰って、予習や実習が行えるのですが、アメリカでは持ち運べません。

ならば、やはり日本のほうが良いのではと思うことでしょう。

ところが、アメリカの凄いところは、分厚いからこそ、電子書籍化しようという、弱点を長所にしようとする考えが生まれるのです。日本では、教科書を電子化しようなどという考えはしばらく実現されないでしょう。

電子書籍化し、iPadで見られるようになれば、e-ラーニングとも合体でき、問題を解くのも、解説を見るのも簡単にできるのです。しかも、誰がどこまで習得しているかも把握できるので、習熟度に応じた指導ができるのです。

(次回に続く)

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投稿者 :堀田信弘: 2010年6月20日 05:54