異なるものと言えば、わが社の合併もその代表的なものです。歴史も文化も、事業内容も異なる二社が一社になったのですから、それを融合させるのは大変なことです。
しかし、それならば逆にもし、歴史も文化も、事業内容も同じような会社が一緒になったとしたらどうなるでしょう。
同じような2社が一社になることのほうが、異なった2社が一緒になるよりも簡単で、それでいて効果的だということは、一概には言えないはずです。
しかも、会社の合併は、人間の結婚と異なって、嫌になったら離婚するというようなことができません。
人間の場合には、二人が一緒になって一軒の家に住んでも、一人、一人の人間はそのままです。
しかし、会社の合併の場合、二社が一社になるということは、二人が一人になるようなものです。それまで二人であったものが二人分の特性を持った一人になることなのです。
もちろん、二人分の力が一人分に減少してしまっては意味がありません。二人分以上の力がでるようにすることが重要なのです。
だから価値観が違うだとか、相性が良い、悪いなどとのん気なことを言っている場合ではないのです。
理屈ではなく、乗り越えようとする意思が重要なのです。それがなければ、どんな理屈を並べても上手く行くはずがないのです。
人間同士でもそうですが、相手に対して、自分にないものを持っていたり、あるいは自分と同じような境遇や感覚を持っている場合などもあり、どのような場合だから相性が良いとか悪いとかというのは、理屈ではないのです。
恋愛でも、自分を理解してくれる人が良いと思う場合もあれば、自分と似たようなところに共鳴する場合もあることでしょう。またそれとは逆に自分には無い夢を持っている人を好きになる場合もあるのです。
人間同士でも、二人が同じような生い立ちで、同じような性格、同じような考え方を持っているという組み合わせだからと言って、仲良くなれるかどうかは別物でしょう。
それに、同じ環境で育った兄弟だって性格が異なるのですから、それぞれが異なっているほうがむしろ自然なことです。人間ですもの、違っていて当たり前ではないですか。
それは会社だって同じです。異なっているのは普通なのです。違っているからこそ、新しい組み合わせによって、これまでと異なった何かが創造できる可能性があるのです。
時々、恋愛中は、良かったのに、結婚したらガッカリしたという話を聞きます。中でも、離婚の原因にあげられる価値観の違いということを聞くことがありますが、そもそも価値観なんて初めから異なっているはずなのに、何を今更という感じがしますね。
恋愛中には、価値観の違いが判らなかったのでしょうか。恋は盲目と言いますが、恋愛中は、お互いの良いところばかり見えて、他のことは見えなくなってしまうのかも知れません。
それが一つ屋根の下で一緒に生活すると、生活リズムも異なれば、生活習慣も異なることに気がつくのでしょう。そして、違いが判ると、相手の嫌なところが気になって仕方なくなるのですね。
あれほど仲が良かったのに、一緒にいるだけでイライラしたり、喧嘩になったりしてしまうのです。そして、相手の考えを受け入れられなくなり、自分の考えが受け入れられないと思うようになるのです。
良いところが一杯あるはずなのに、嫌なところを気にしだすと、良いところまでが見えなくなってしまうものです。
人間はわがままなもので、9つ良いところがあっても、わずか1つの嫌なところがあるだけで、全て嫌になってしまうことがあるのです。
男と女の間だけでなく、人間同士というのは、どのような関係であっても、価値観の違いというようなことが起こりえるのです。
それを乗り越えられるような関係になるにはどうしたら良いのでしょうか。
明快な回答などあるはずもありません。
これは個人的な経験ですが、辛さや悲しさを共有できた人ほど、長い付き合いができるような気がします。
仕事のことでも、仕事以外のことでも、同じ時期に、共に辛さや悲しさを一緒に経験したということは、言い過ぎかも知れませんが、戦友のごとく、理屈ではない信頼感があるのかも知れません。
特に、仕事をしていると、辛いことや悲しいことが起こります。
仕事で苦労を共に経験するというのは、大きな絆になるのです。
一緒に仕事をしている時は、煩わしく感じたり、面倒に感じたり、うっとうしく感じたりすることもあるかも知れません。
しかし、修羅場のような戦場を共に経験すると、それは、稀な体験であり、時間の経過と共に、一緒に乗り越えたという親近感、一体感が生まれるのです。
もしかして、仕事を通じて経験する辛さや悲しみは、夫婦でも経験できないようなものかも知れません。
仕事が人間を作るのか、人間が仕事を作るのかと言われますが、答えは、両方だと思います。
仕事を通じて、人間は揉まれ、苦しみ、葛藤して成長するのです。そして、辛い経験や苦労をした人ほど、新しい仕事を生む出すことができるのだと思います。その貴重な経験を、同じ時代に、同じ時期に経験できるということは、まさに戦場で戦っている戦友なのです。
戦友だから大切にしたいと思うのでしょう。戦友だから、共に苦しんだ経験を、将来に活かしたいと思うのでしょう。
これまで私は、苦労をかけても不幸にはしないと言ってきました。
しかし、多くのものを不幸にさせてしまったかも知れません。それを考えると、心が痛みます。
ただ、戦友として共に苦労した仲間は、親友のように大切な人であることには違いありません。
不幸に思うかどうかは、相手が考えることなので、どんなに不幸にしないと思っていても、こればかりはどうしようもありません。
今でも、多くの苦労と辛い経験をさせている仲間がいます。その人たちを幸福にすることはできないかも知れませんが、今でも不幸にさせたくないと思っています。
それは、価値観の違いや、考え方の違いなどを乗り越え、共に時間を共有し、共に苦しみ、共に辛い場面を歩めることを、将来、良い経験をしたと思いたいからです。
人間は、誰もが異なって当然なのです。生まれも、育ちも異なり、考え方も、行動も違って当然なのです。
(次回に続く)
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投稿者 :堀田信弘: 2010年6月28日 05:58